林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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KATI HORNA

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ジュ・ド・ポームで「カティ・オルナ」展などを見る。オルナ展はチラシ(上)によれば、最初の本格的な回顧展である。一九一二年ハンガリーのユダヤ人家庭に生まれ、二〇〇〇年にメキシコで歿している。同郷のロバート・キャパとは十代のころから友人だった。若い頃から写真に興味を持ち、構成主義者・活動家のLajos Kassakの影響で写真を社会改革の一手段とみなすようになる。

一九三〇年、カティはベルリンへ行きベルトルト・ブレヒトと会っている。友人のキャパとエメリコ・ワイス(Emerico Weisz)とともに、ハンガリー人シモン・グットマン(Simon Guttman)のDephot写真店で働いた。もうひとりの同国人ラズロ・モホリ・ナジのつてでバウハウスでも学んだようだ。ナチが政治的に台頭してくるとカティはブダペストへ戻る。そこでジョゼフ・ペシ(Jozsef Pecsi)とともに写真を教えた。

一九三三年末、パリへ行く。コスモポリタンな都市、シュルレアリスムの最盛期だった。シュルレアリスムはカティの仕事に大きな影響を与えた。コラージュ、二重露光、フォトモンタージュなどの技法を駆使するようになる。リュテシア・プレスのために仕事をする。

一九三七年、共和政府の招きでスペインを訪れた。三九年にかけてスペイン各地を旅し、再びキャパやチキ(Chiki エメリコ・ワイス)と合流したが、彼らのドラマティックな写真とは違ってカティは庶民生活を落ちついた共感をもって撮影している。市民戦争が勃発。カティは雑誌『Umbral』のために仕事をし夫となるアンダルシア人ホセ・オルナと出会う。三九年に二人はパリへ脱出。

ナチズムを逃れてニューヨークへ、さらにメキシコへ移る。メキシコシティのタバスコ通りに落ち着き、そこは多くの人々が集う創造の場所となった。レオノラ・カリントン、レメディオス・バロ、バンジャマン・ペレ、エドワード・ジェイムス、アレハンドロ・ホドロフスキー、前衛的なメキシコの画家、作家、建築家たち。カティはいくつかの雑誌のために写真の仕事を続け、大学や美術学校でも教鞭をとった。

というようなチラシの文章をかいつまんで紹介してみた。なかなかいい写真だ。二枚目の図版はジュ・ド・ポムの六月〜九月の展覧会案内、この表紙もカティの作品「女性と仮面」(1963)。



カティ・オルナは一階ギャラリー。二階ではオスカル・ムニョス(OSCAR MUNOS)の「PROTOGRAPHIES」展が開催されていた。ムニョスはコロンビアの映像作家。絵画と写真と映画を合体させた「プロトグラフィ」を提唱している。

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ムニョスの仕掛け絵、百聞は一見にしかずなのだけれども、あえて説明する。例えば、石の上に水をつけた筆で顔を描く、それを撮影しているわけだが、水は描いているうちに乾いて行く…描き直す…すぐに乾き始める…という映像をそれぞれ絵柄が別の五つの画面で映写する。

床にシャワーの排水穴にはめる丸い金属が置いてあり、その穴の中に水が流れて行く映像を投影する。黒いインクのようなものが水に混ざって穴の中に流れ去る(これは映像)、また最初から水が満ちてきて流れ去る。金属は実物。

細長いテーブルの上に大小の写真がたくさん置いてある。その写真をめくってゆく手が現れ、あちらこちらの写真をめくる。手と写真は映像である。天井から映写されている。机と写真が映写される白い紙(スクリーン)は実物。

本や雑誌を模倣した作品もあった。遠目には印刷してあるように見える本、近くでよく見ると、小さな穴が無数に開いている。しかもその穴は火で焼き切ったものである。穴の周辺が焦茶になって、すなわちドット(網点)となって、それが絵や文字に見える。

その他さまざまな視覚と現実の交錯を仕掛けた作品が並んでおり、楽しんで見られる展示だった。

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小学生の団体さん。「どう、これは何に見えますか?」などという先生の質問に子どもたちがけっこう真剣に答えていた。ジュ・ド・ポムはこういう教育的な鑑賞に積極的のようである。

【注】人名のアクセント記号は省略しました。カタカナの読みは正しいかどうか分かりませんのでご教示を。

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by sumus2013 | 2014-06-13 23:53 | 雲遅空想美術館 | Comments(0)
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