林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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新園雨足更幽恬

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某氏より掛け物を見せて欲しいと求められて、何かまともなものはないだろうかとしばらく迷っていた。たいした数でもなし、またとっておきの浜田杏堂はもう公開してしまったしなあ…と思って、押入を物色していると「忘れていた、これがあった!」と取り出したのがこちら。

昨年の高津宮観桜会に持参してそのまま御蔵入りしていた。観桜会ではまず軸を褒められた。この軸先はそうとうに凝ったものだそうだ。「この軸先だけ見て買うても間違いがないもんですなあ」とA先生。軸先が凝っていれば、当然中味もいいだろうと想像できる、という意味(軸物は巻いてあるので、絵はいちいち開いてみないとどんなものか分らないのです、だから軸先を見てまずその善し悪しの見当をつけるわけです)。書と絵を一軸に表装しそれらの周辺を細い金箔で廻しているのも珍しいようだ。

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それは嬉しいが、肝心の書画の方はどうなのか。書は岡田半江。父は岡田米山人で伊勢藤堂藩の大阪蔵屋敷に務めて居り、画家としても知られていた。米屋だったところから米山人と号した。その子、粛(半江)も父の跡を継いで蔵屋敷に務めながら文人画家として活躍し、頼山陽ら多くの文人たちと交際した。

ということで、これは介川緑堂(すけがわ・りょくどう)の新園が落成した記念に贈った七言詩のようである。不勉強ですらりと読めない。よって読まないことにする(読める方御教示ください)。

介川緑堂、名は通景(みちかげ)、通称亀治、東馬、号は緑堂、静斎。久保田藩(秋田藩)の重臣だった。文政の末頃、秋田藩大阪蔵屋敷留守居役を勤めていたようだ。文政十一年(一八二八)、秋田藩の儒員だった大窪詩仏は緑堂の仲介により大阪で頼山陽らと舟遊びをしているという。たぶん半江も同席していたのではないだろうか。

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絵の方にも讃はあるものの、ここに出てくる固有名詞を検索してみたが、何も分らない。「庚戌仲秋作柴大夫」とある。庚戌は一八五〇年(弘化三)とみなすのが妥当か……? 以下の七言絶句は半江よりよほど上手いように思う。署名は「生香舎達」、印は「皆可」。なかなかチャーミングな絵だ。ただし下手ではないけれども、プロフェッショナルとも思えない。まあ、だから貧生でも入手できたとも言えるわけだが。

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要するに今のところこれらの書と絵との因果関係は見出せない。実際何かの因縁があったのか、それとも単なる取り合わせの妙として表装したのか、その辺り、推理しようにも術がないのがちょっと歯痒い気持もする。



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by sumus2013 | 2014-04-27 21:17 | 雲遅空想美術館 | Comments(0)
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