林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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ン?

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これはもう手放してしまったので詳細は記しようもないが、『コロムビアレコード総目録 洋楽』一九三二年版である。

じつは先日、ある文章に「コロンビアレコード」とあったので「コロムビア」ではないですかと書き送った。いらぬおせっかいかとも思ったが、これは小生自身が昔「コロンビア」と書いて誤植を指摘されたことがあり、そのため今でも「コロンビア」には苦い思いをかみしめつつ注意しているからなのだった。

するとご返事いただいた文面に《「コロムビアレコード」を出しながら戦前の社名はコロンビアでした。戦中の敵性語からの変更を経て、戦後、社名もコロムビアにしたようです》とあった。

これにはビックリ。そうだったのか……まったく思い至らなかった。ちょっとショックを受けつつ一応念のため日本コロムビアのホームページで沿革を参照してみた。

1910 明治43年
(株)日本蓄音器商会として発足(F.W.ホーン社長)。「シンホニー」「ローヤル」「アメリカン」「ユニバーサル」「グローブ」などのレーベルによる片面盤発売。「ニッポノホン」蓄音器4機種発売(始めての国産機)。

最初の名称は日本蓄音器商会だった(前身は明治四十年に日米蓄音器製造株式会社として創立された)。昭和二年に米コロムビア・レコードと提携して、すべてのレコードで商標を現在と同じ音符のマークに統一した。上の総目録はそれを記念したものだったのかもしれない(?)。

1946 昭和21年
社名を日本コロムビア(株)と変更。霧島昇・並木路子の「リンゴの唄」大ヒット。

たしかに正式社名としてコロムビアを使ったのは戦後になってからである。それまでは日本蓄音器商会だったのかなと思うと、上記のご返事にも書かれているように、ウィキ「日本コロムビア」にはこう書かれている(日本コロムビアHPの沿革には記載されていない)。

1942年(昭和17年) - 商号を日蓄工業株式会社(Nitchiku Kogyo K.K.:通称ニッチク)に変更。これは戦時下での外来語(敵性語)禁止に伴うもので、レーベルもコロムビアからニッチクへと改められた。

とあって納得。いずれにせよ「コロンビア」の名前はどちらのソースにも登場していない。よって別会社なのかもしれないと予想しておいた。

ところが、上記記事を踏まえてさらに御教示いただいたところでは『コロンムビア50年史』(日本コロムビア、一九六一年)には昭和三年に「日本コロンビア蓄音器株式会社」を設立したと記載されており、それを根拠に「コロンビア」と書いておられるとのこと。

それにしても腑に落ちない。そういうときには論拠となった原典に当たるにしくはない。図書館で『コロンムビア50年史』を閲覧してみた。結論から言えば、昭和三年に設立された「日本コロンビア蓄音器株式会社」は日本蓄音器商会の傍系会社であった。

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昭和二年、英米のコロムビアによって日本蓄音器商会の株式約48パーセントが占められた。提携ではなくその傘下に入ったと言った方がいいだろう。その翌年早々、副社長ホワイトの意向で新たに設立したのが「日本コロンビア蓄音器株式会社」であって、日本蓄音器商会がコロンビアに名称を変更したわけではない。本書には具体的に日本コロンビアがどういう業務を行ったのか明記されていないように思ったが(精読はしてませんのであしからず)、資本金1万円では大きな会社とは言えないだろう(日蓄は昭和四年で資本金280万円)。

そして年表によれば、昭和二十一年四月一日に日蓄工業株式会社の商号は日本コロムビア株式会社となり、同日、日本コロンビア蓄音器株式会社の商号を日蓄工業株式会社と変更した。う〜ん……たしかにややこしい。

要するに「コロンビア」は間違いではない。しかし、よほど厳密に用いないと混乱を招くのではないかと思う。


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by sumus2013 | 2014-10-09 20:57 | おすすめ本棚 | Comments(0)
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