林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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架空都市ドノゴトンカ

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『架空都市ドノゴトンカ 城左門短篇集』(書肆盛林堂、二〇一四年三月二八日)。またまた盛林堂ミステリアス文庫がすごいものを刊行してくれた。

《本書は城左門名義で書かれた短編小説の、おそらく初めての集成である。驚くべきことに、これらの作品の多くは今まで詩集にも探偵小説系の単行本にもほとんど収録されたことがなく、多くが単行本初収録作品なのだ。》(長山靖生)

城の短編集に加えて城が編集していた『DONOGO-TONKA』(1928.5-1930.6, 21冊)の総目次も掲載されている。マン・レイを訪ねた竹中郁の「巴里だより」もこの雑誌に三回にわたって掲載されていたようで興味をひかれた。

しかし、さらに興味深いのは城未亡人の稲並千枝子さんと井村君江さんの対談(昨年十二月二十七日、当時、稲並九十三歳七ヶ月、井村八十二歳)である。そこにこんなくだりがあった。稲並さんは江戸後期の医師で歌人、国学者だった清水浜臣の曾孫だそうだ

《稲並:いいえ、私はですね、春陽堂の娘なんです。
井村:春陽堂というと、あの『鏡花全集』なんかを出した春陽堂ですか?
稲並:そう、春陽堂は、春の太陽の陽。どうして太陽かって言うと、これは頼山陽からきていまして、父の出が広島の浅野の臣であり、頼山陽の家系でもありました。ですので、頼山陽は、私の父の父の父の……。
井村:ご先祖が頼山陽でらっしゃる。
稲並:先祖は頼三樹三郎。三樹三郎の孫がね、春陽堂をやって、だから頼家とは親類なんです。
[註:頼三樹三郎の息女は千枝子氏の父の父の弟へ嫁がれた由]

山崎安雄『春陽堂物語』(春陽堂書店、一九六九年)によれば、春陽堂の創業者である和田篤太郎は岐阜大垣、荒川村の出身。安政四年に生まれ、上京して巡査、西南の役に従軍後、東京に戻り露天商を経て本屋を始めた。明治十五年に最初期の出版物が確認されるという。

篤太郎は明治三十二年に歿し、妻のうめ(むめ)が二代目を継いだ。二人の間に子はなく、うめに連れ子のきんがいたがすでに嫁いでいた。きんの娘静子を和田家の養子に迎えた。うめが明治三十九年に歿すると、静子が三代目を継いだ。そして大正三年に利彦を婿養子に迎えたのである。

《利彦は広島の産で、早大を出て博文館印刷所(現在の共同印刷)に勤務していたのを、小林直造(静子の実父)に見込まれ、大橋新太郎夫妻(博文館主)の媒酌で、静子の婿に迎えられた。》(春陽堂物語

ということなので、千枝子さんの言葉ながら、春陽堂の「陽」は頼山陽とは直接の関係はないとみていいだろう。また千枝子さんの父は利彦の弟だそうだ。「春陽堂の娘」と言う以上この弟も春陽堂に関係していたのかもしれないが、『春陽堂物語』には登場しない(と思う)。

なお頼三樹三郎は頼山陽の三男、文政八年(一八二五)に京都の三本木で生まれている(だから三樹三郎なのだろう)。尊王攘夷を激しく求めたため幕府に捕らえられ幽閉の後、江戸伝馬町牢屋敷で斬首された(安政六年)。


架空都市ドノゴトンカ -城左門短篇集-
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by sumus2013 | 2014-04-06 20:50 | おすすめ本棚 | Comments(0)
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