林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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漢字雑話

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銅牛樋口勇夫『漢字雑話』(郁文舎、吉岡宝文館、一九一四年八月一日四版)。題字は説文学の研究で知られた高田忠周だそうだ(雑が襍としてある)。

樋口勇夫(ひぐちたけお)は筑後久留米藩の漢学の家に生まれ、銅牛、得川、東涯などと号した。伯父に樋口和堂。鹿児島県立二中で教鞭を執った後、九州日報記者、さらに明治四十一年に東京朝日新聞社会部に入っている。中塚一碧楼とともに朝日俳壇の選者をつとめた。本書(初版は明治四十三)は朝日紙上に連載した同名の読物をまとめた著作のようである。大正元年退社後、早稲田大学、国学院大学、法政大学等で講師を勤めた。著書はざっと調べたところ以下のごとし。

俳諧新研究 隆文館 1909 
漢字雑話 郁文館 1910 
俳諧阪に車 楽山堂 1910
新釈江戸繁昌記(編) 百華書房 1911
碑碣法帖談 玄黄社 1912
七十二候印存 明治印学会 1912
孫過庭書譜衍釈 晩翠社 1924
古碑釈文 10冊 晩翠軒 1925〜27
訳註文字の変遷 晩翠軒 1928
碑帖之研究 雄山閣 1930
晋唐名法帖 雄山閣 1931
書論及書法 雄山閣 1931
淳化閣帖―袖珍 10巻釈文1巻 西東書房 (1951)
学書邇言疏釈  西東書房 1948

漢字、とくに『説文解字』をはじめとする古代文字の研究に力を入れ、また書家としても知られていたという。本書でも漢字の形を分析的に解釈しようと試みている。ただし、今日、白川静の研究を知っている目からすれば、まだまだ憶説のそしりをまぬがれない部分も多々あるようだ。むろんそれでも漢字を成り立ちから論理的、造形的に解釈しようとした努力には敬意を払っていいだろう。

序文は内藤湖南が執筆している。

《樋口銅牛君余未だ其人を識らず。聞く其小学に精しく、東京朝日新聞に連載せし漢字雑話は君が筆に出づと。頃ろ其筆する所を蒐録して梓行せむとし、余が序を求めらる。余固より小学を専考する者に非ず。君が書を読むと雖も、而も其緒論に於て未だ通ざざる所多し。》

と書き出して、この後、中国では漢字の研究は字形ではやらないんだ、転注・仮借・訓詁を重んじている。金石文など資料がほとんどないし、その上、わが国の学者は中国の音韻に通じていないから形だけからトンチンカンな解釈を施しており、ろくな研究はない。説文家に感心しない理由はそこにあるんだよ……などと続けるのだが、これでは序文にならないとみて、最後は「大いに著者に期待します」ということで締めている。

《若能く方針を誤らずして而して発憤鼓励するあらば庶幾くは我邦小学の開拓に於て大功あるを得むか。余君を識らず又小学に通ぜずと雖も君に望む所甚だ厚からざるを得ず。此を序と為す。/明治四十三年九月四日竹島丸船中にて/内藤虎次郎

面白いのはこの序文の直後に著者の反論が印刷してあることだ。よほど湖南の文章が腹に据えかねたと見える。

銅牛曰く。余の湖南君に序を嘱せしは東西両帝国大学の博士教授中金石文字の学に精しき者独り君あるを以てなりき。然るに今此序文を読むに、君は金石の学には通じながら、小学には余り深からざる者の如し。夫れ声韻を離れて字形の説くべからざるは豈君の弁ずるを待たむや。然れども重きを転注、仮借に措きて指事、象形を顧みざらむは、本を措きて末に走り、形を捨てゝ影を逐ふものならざらむや。

銅牛君、少々ミーハーすぎたと後悔したか。しかしこの反駁は正しいと思う。湖南の方法では漢字成立の本質には迫りようがないだろう。銅牛君、さらにこう啖呵を切っている。

《抑々君と孰れか先甲子なるを知らず。而も君今余を目して後進とす。余甘んじて後進の目を受けむ。然れども余は爰に明言す。銅牛は大学ポット出の吻黄なる文学士輩とは稍其撰を異にする者也と。》

おやおや、いくらなんでもこれは大人げない。忙しいなか船中から投稿してくれたというのに(竹島丸は日本郵船に明治三十八年から昭和二年まで所属していた貨客船)。実は内藤湖南は慶応二年生まれ。銅牛は慶応元年生まれ。そう、湖南より一歳(正確には八ヶ月ほど)年長だった。「後進」という言葉は使われていないが、書きぶりにそういう調子がまじっていると感じたのだろう。年下のくせに。カチンときた。

それは分るが、湖南も決してエリートの道を歩いた訳ではなかった。秋田師範学校を出て小学校の訓導をやっていたこともあり、さらに新聞記者に転身して大阪朝日新聞に入社しているというのも銅牛と似たコースである。京都帝国大学の講師となったのは明治四十年。おそらくだからこそ銅牛も序文を依頼する気持ちになったのだろう。

独学者はガンコだとアーヴィングが『熊を放つ』に書いていたような気もするが、まさにガンコとガンコがガチンコしたような序文と反序文である。

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by sumus2013 | 2014-02-19 21:59 | 古書日録 | Comments(2)
Commented by 柳居子 at 2014-02-25 17:15 x
 頑固者同士と言うより、大らかで、ある種の解放感を味わえる 序文・反序文ですね。 今の時代では到底考えられない 堅苦しい世の中になってしまった。
Commented by sumus2013 at 2014-02-25 17:42
大らかですか、そう考えられる御方こそ大らかですね。
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