林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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池永一峯と細井廣澤

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昨日はズボラをして池永一峯についてはごく簡単に紹介しただけだったが、じつはこの『書道全集別巻II 印譜 日本』(平凡社、一九七一年五月一日四刷)が見つからなかったためあまり詳しく書けなかったのである。さきほど無事(?)発見。この書道全集別巻の印譜、日本篇と中国篇は篆刻・印章の歴史を概観するにはもってこいの編集になっていて貴重だと思う。図版中心で専門的過ぎず、簡略過ぎず、索引、印章研究資料一覧、年表も備えている(年表は一九六八年、岡田湖城没まで)。

本書によれば、池永一峯《名は榮春、字は道雲、一峰と号し、別に市隠・山雲水月主人等の号がある。本姓新山氏。江戸本町三丁目の名主で薬屋を営む池永家に入籍、その五代となる。榊原篁洲の門に入り書を善くし、とくに篆文に精しかつた。篆刻は黄道謙に親炙して一刀萬象三巻を著し、本邦における印譜のさきがけをなした。五十歳で長子榮陸に世を譲り、墨田河畔の庵に梵典を修め、傍ら琵琶を愛した。没前自ら墓碑を勒して逝いたという。元文二年七月十九日没。年七十三。》著書多く、十八種五十余巻に及ぶそうだ。


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ついでに細井広沢の伝も少しばかり引用しておくと、広沢は万治元年(1658)遠州懸川に生まれ、年少で江戸へ出た。元禄のはじめ柳沢吉保に仕えて近習鉄砲頭となったが、退いて一時水戸光圀に仕えた。その後青山與力に移り、享保二十年(1785)歿。

江戸時代を風靡した唐様の書法を世に弘めたばかりでなく、当時まったくふるわなかった篆学を研究したことでも功績を残した。『篆体異同歌』三巻は篆字の紛らわしい異同を整理した著述(本邦初期の篆刻字典)で、後には池永一峰の『篆髄附録』を合刻している。

《かれの在世したころ、東西二都において、学士大夫たちは、多くはみずから篆刻をなし、あらそつて古今の印譜を買い求め、鉄筆をこころみるのを趣味とした。たまたま清の黄道謙が乱を逃れて長崎に流亡してきたとき、方篆雑体の法を教えたので、長崎の人々があらそつてその門に走り、一時篆刻が大流行をきわめた。

《かれと交遊した榊原篁洲、今井順慶、池永一峯みなともに、篆学を講じ、刀技を修めて、江戸を中心として一派をなしわが国の篆刻が勃興する機運をつくつた。わが国の篆刻は実際上かれによつて興起したというので、かれを日本篆刻の始祖と仰ぐこともある。印譜に奇勝堂印譜がある。》

以上抜粋。執筆者は中田勇次郎。掲載されている三顆のうちふたつを掲げる。


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君子林、廣澤知慎

かつて印譜を集めたいと思ったこともあったが、すぐに諦めた。印譜コレクションは大尽の趣味である。実押した稀少本が多く、また版本でも古いものは手が出るどころの騒ぎではない。そういう世界はそちらの方々にお任せして、図版を眺めるくらいのところで満足しておこう。

ただし自ら印を彫るというのは、これはさほど資金もかからず、手先も使うし、ボケ防止にはもってこいだろうと思う。没頭していると時間が矢のように過ぎる。最近はまったく遠ざかっているけれども、神戸の震災直後には没入していた時期があった。作った印はほとんど誰彼に呈上してほとんど手許には残っていない。今見るとガッカリするんだろうなあ。



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by sumus2013 | 2014-02-11 20:30 | 古書日録 | Comments(2)
Commented by yf at 2014-02-12 08:54 x
 ご自身で「印譜集」を作られたらよいものです。小生は作って居りませんが、「上手」「下手」を通り越して、よきものです。
漱石の『春興』集を彫り、「好きだ」言われる方に、差し上げるのはちょっと逡巡しています。和本を作るのが億劫になっています。自分が彫った印だけでもスケッチ帳に貼って「自己満足」しています。篆刻教室は面白い処で、印の「袴」、「印函」の作り方まで、教えて頂きました。
 印は彫った人の「人格」が出ると言います。小生のような「屈折した性格は「人の印」を彫るなと言われています。かの有名な篆刻家で出発した『魯山人』の印も次第に使われなくなった。人格に問題があったのであろうと「評伝」に書かれています
Commented by sumus2013 at 2014-02-12 10:48
とんでもないことでございます。魯山人、看板はなかなかのものですが、印はもとからダメです。
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