林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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偏類六書通

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篆刻字書の不備を嘆いたところ上掲のような字典類をお貸しくださった方がおられる。ゆっくり拝見させていただき今後の参考にしたいと思う。御礼申し上げます。

まずは上の写真では左から三番目、旧蔵者手製の帙に収められた『偏類六書通』(鴻寶堂、嘉永元年序)を紹介する。下の写真では茶色い表紙の二冊。右はその帙。

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これは二冊に七巻分が収められているが、早稲田大学には十冊本があるようだ。

偏類六書通. 巻1-7 / 古森厚孝 重修 
http://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/html/ho04/ho04_00967/index.html

もともとのオリジナルは清の畢既明が清書して出版した『六書通』という書体字典である。『六書通』は漢字の分類が韻別になっているので日本人には使い勝手が良くなかったため(たぶん)、画数別の偏で分類した(要するに現代の漢和辞典にほぼ同じ)のがこの『偏類六書通』。

だからまず巻頭には畢既明による原典の序文があり、さらに淇齋慶徳佳包の天保八年(一八三七)の「重刻六書通序」があり、さらには鉄研学人斎藤謙(斎藤拙堂)による嘉永元年(一八四八)の「序」がついている。いずれもとりたててここで引用するほどのことは書かれていないようだ。

閲として見返しタイトル脇に名前が出ている小俣蠖庵(おまた・かくあん)は明和二年(一七六五)伊勢神宮の外宮、豊受宮の神楽職の家に生まれており、書画篆刻をよくした。篆刻は源惟良(みなもと・いりょう)に学んで一家を成したという。家運が衰え、一時は越後、信濃を遍歴した。そのおりに出雲崎に留まっていた釧雲泉(くしろ・うんせん)に書を学んだともいう。伊勢に戻って後は風雅を友とし、天保八年(一八三七)に歿している。

蠖庵が歿したと同じ天保八年の日付のある序文を執筆した淇齋慶徳佳包、さてこの人物が誰なのか、少し検索したくらいでは分らなかった。ただし慶徳(けいとく、荒木田)家は伊勢山田神職なので蠖庵と親しい者であったろう。また斎藤拙堂は言うまでもなく津藩のエリート儒者。「和洋折衷」を唱えたことで知られる。

問題は重修者(実際的にこの字書を編集した人物でしょう)となっている古森厚孝(こもり・あつたか)徳元、これが本書の編者として以外にはまったく検索にひっかからない。伊勢アカデミーの優秀な人材のひとりであったことは想像できるが、さてどういう人物か。乞御教示。

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ご覧のように本文も見やすく、当時としてはおそらくたいへん便利な字書だったに違いない。数多く版を重ね、現存数も多いようである。



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by sumus2013 | 2014-02-09 21:46 | 古書日録 | Comments(2)
Commented by yf at 2014-02-10 09:04 x
篆書印から元の文字を引くのは難しいですね。いい本を教えて頂きありがとうございました。
Commented by sumus2013 at 2014-02-10 21:47
篆文を読むのは難しいものですね。
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