林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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諷刺文学2冊

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『諷刺文学』創刊号(イヴニングスター社、一九四七年四月一日、表紙=河野鷹思)および第五号(一九四七年一一月一日)の二冊を入手した。「諷刺文学発刊の言葉」で社長の上村甚四郎はこう書いている。

《本社はさきに諷刺雑誌「VAN」を創刊し、今また文芸雑誌「諷刺文学」を上梓する。この両誌は自ら役割を異にし、従つて互に競合することなく、それぞれの活動と発展とをもつであらう。》

編輯兼発行人は『VAN』(一九四六年五月一日創刊)と同じく伊藤逸平。発行所は銀座六ノ四交旬社ビル五階(創刊号では銀座四ノ六だが、誤植?)。文芸雑誌と自称するだけあってVAN』よりもぐっと文学的なインテリ雑誌になっているようだ。


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創刊号では、戦中と戦後の文学者の態度について考察を加えた、なかの・しげはる「文学よもやまの話」がなかなかに過激だ。

《この点世間にはまだいろいろの勘ちがいがあるようで、例えば河上徹太郎は戦犯だが小林秀雄は戦犯ではないという類のものがその一つであり、河上が白鳥全権などにくつついていい気になつていたのはなるほど彼の下手な点だつたが、それは督戦陣営の配置の問題であつて、河上が西行や長明を持ち出して「中世の世捨人」について書いたのも(「戦時下の道徳的反省」)小林のひろめ屋として働いたのだから、河上の罪は小林などに比べればいくらか軽いのである。つまり物質的(?)には河上の動きが目だつたか知れぬが精神的には小林などの方に中心があつたのである。》

《つまりどこで、小林秀雄の中味をあかるみえ引き出して来ることが今まで以上に必要になるということになるだろうと思う。三十代説をとなえている荒とか本多とかいう人たちは、小林を神さまあつかいして悦にいつている》

《そうして、つまりそこで、三十代説をとなえている元気な人々が、全く老衰した精神で北原武夫とか坂口安吾とかいう、まだ小説かきといえぬ程度のゴミのような作家をありがたがる理由もうまれて来るのである。》

なるほどねえ…。とにかく、この時代ならではの激辛な論調であろう。


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第五号にはゴミのような小説家も執筆しているが、面白いと思ったのは井伏鱒二の「敬語」。葉書や手紙の宛名の下に様、殿、先生などという敬語を添えて書くことにまつわる話。なかでも「殿」がどうも不吉な響きがあるというのだ。

《かつて私の受取つた徴用令書には、それを伝達してくれる人が電報で取次してくれたので、私の名前を片仮名で書いた次に「殿」といふ敬語が添へてあつた。そのコンニヤク版の「殿」といふ字は斜めに向いてゐた。》

また学生時代に兄から来る説教の手紙には必ず「殿」と書いてあったし、役所や税務署から来る通知書にも「殿」とある。あるいは戦時中に発表した小説に軍歌の歌詞を間違えて書いてしまったところ、未知の人から詰問の手紙が来た。「宮城」とあるべきところを「夕陽」と間違えるとはなんたる大馬鹿ものの非国民かという内容だったが、それも宛名の下に「殿」と書いてあった。

《それからまた太平洋戦争の始まるより以前にも、未知の人から私は詰問状を受取つた。その手紙にはみんな「ーー殿」と書いてあつた。最初は、私の「夜あけと梅の花」といふ短篇集を出した頃、茨城の人から、あの本には左翼的なイデオロギーが全然ないから絶版にしろ、絶版にしなければ承知しないと詰め寄つた手紙が来た。》

文中「夜あけ」は誤植。『夜ふけと梅の花』(新潮社、一九三〇年)である。

《三度目に受取つたのは「丹下氏邸」といふ短篇集を出した頃、あの本のなかには左翼的な駄作が非常に多いと非難して、この非常時局に際しお前は自分自身に非国民とは思はないかと詰問した手紙であつた。これは群馬方面の人がよこしものである。》

丹下氏邸』(新潮社)は昭和十五年初刊本を指すか。十八年、二十年にも出ている。

《しかし手紙の中味にも封筒にも、みんな宛名の下に「殿」といふ字が書き添へてあった。来て怒鳴つて唾を吐いて帰るやうな場合にも、ちやんと敬語を使ひ忘れないのは淳風美俗の然らしめるところかもわからない。》

さすが井伏という感じがする。



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by sumus2013 | 2014-01-16 22:17 | 古書日録 | Comments(2)
Commented by M at 2014-01-17 12:12 x
中野全集第十二巻(1979年)の解題に、旧全集に収録する際、「まだ小説書きといえぬ程度のゴミのような」は削られたとありました。その頃はゴミではなくなっていたのでしょかね。
Commented by sumus2013 at 2014-01-17 20:53
ゴミはさすがに削除ですか。この原稿でいちばん肝心な文章ですけどね(笑)。
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