林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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村中さんのこと

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拙作油絵「月山」(一九九四年作)、村中秀雄さんの肖像。「月山」というタイトルはたしかこのモデルになってもらったとき、「月山へ行ってきた」という話を聞いたからだったと思う。その年の東京での個展に出品したが(この図はその案内状より)、むろん売れずに戻って来た。結局は村中さんが買ってくれた。何かまとまったお金が入ったらしく「あの肖像画、こうてもええやろか」という申し出があり、湊川公園のガードの下で待ち合わせをして手渡したのを憶えている。震災の直後、われわれが神戸を離れる直前だったような気もする。はっきりしないので何年の何月何日だったか調べようと思って日記をめくってみたが、該当する記述はすぐには見つからなかった。

その代り『おまじない』の出版記念会の記事と写真が出て来た。一九九三年一二月一八日(土)。

《12:40分頃、楠公会館2F、『おまじない』の出版を祝う会場着。おまじないの原画デッサンをお祝いに渡す。涸沢氏と東京のようすなど雑談。印刷原画の方を返してもらう。小林武雄氏のあいさつと乾盃音頭で開会。季村氏の司会で客の方から、あいさつをしてゆく。装幀についてのおよび原稿の直しについての村中氏の優柔不断ぶりと、健康保険払い込みのエピソードを少ししゃべって、笑いをとる。

中休みのときに火曜日の女性2人が2次会の出欠を聞きに来て、林さんのおっしゃる通りです、わたしたち5年つきあってやっと最近わかったんですよーとのこと。トイレで安水氏ととなり合い、際限のない改稿についての話あり、装幀の方の文字変更や、レイアウトについての注文は安水氏の意見であったらしいことがわかる。第2部は司会も変って火曜日を中心にすすむ。

村岡さん遅れて到着。萩原健次郎氏の出版会に出てからこちらにまわったとのこと。最後のあいさつになる。村中さんが閉めのことばを述べて閉会。大西氏、村岡氏と話す。大西氏ミュージカルの演出をやっているとか。新開地の古本屋をしばらくのぞく。》

萩原さんの詩集は『求愛』で、これは村岡さんの出版社である彼方社から出ていた。

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走り書きでお恥ずかしいものだが、会場の見取り図があったので参考までに掲げておく。楠公会館は楠木正成を祀る湊川神社の境内にある。季村敏夫、高階杞一、小西民子、堀諭、大西隆志、梓野陽子、小林武雄、安水稔和……涸沢は編集工房ノアの主人。大塚とあるのはどなただったか失念(御教示を)。『火曜日』というのは安水氏を囲む詩の結社誌(daily-sumus でも何度か紹介しています、この時期から村中さんがずっと送ってくれていました)。

出版記念会からちょうど一年後の日記にこうある。一九九四年一二月一九日(月)。

《村中さんより tel あったのち来宅。ギンナンいただく。肖像画みせて、全身小説家の話などする。三味線の会で温泉へ行って(お得意様の調律その他雑用のため)やっぱりドジョウすくいをすることになるという話。ウップン晴らしになっていたが、近頃それがないせいか調子わるい……とか。ミカンのサンポで大丸温泉(フロ屋)まで一緒に行く。》

そしてその次に村中さんが登場するのは神戸の震災当日(一九九五年一月一七日)。たぶん午前中だろう。

《村中さん来る。互いの無事をよろこぶ。》

およそ二週間後の一月三〇日。

《村中さんより電話あり。今は借家にもどっているとのこと。ブルーシートは湊川公園で無料配布していたのを2ケわけてもらい、大家さんから頼んでもらった工ム店の人に張ってもらったそうだ。ただ初日の雨には間に合わず、小さなシートをかぶせ、雨もりをバケツなどで受けたという。柱は傾き、敷居と畳が10センチもずれて、土間が見えている状態で、お宅はどうですか、どうするつもりですか、などの話。兵庫校に7日間居てから大阪の親せきに3日ほど、ごちそう食べ放題だったという。仕事の方はダイエーのビルは潰れたが、他所なら働けると言われているので、一から出直そうという気持ちになっているとか。

これを読むと、三味線の仕事をクビになったのは九四年中だということが分る(人員整理だったと聞いた)。そしてダイエーの社員食堂のコックになり震災まで続けた。六月一五日にこういう記述がある。

村中さんより tel あり、染色の仕事(くつ下の糸を染める、くつ下の生産地として有名だそうだ)、力仕事で、腕をいためたのが直らないという。古墳の多いところで田舎だとのこと。ARE に詩を送ってくれること。

この話はすっかり記憶から飛んでいたが、そういえばそういうこともあった。たぶん奈良の広陵町だったろうと思う。《腕をいためた》は料理を作っていた頃の腱鞘炎。このとき頼んだ詩の原稿は七月一日に届いた。『ARE』3号の震災特集に掲載した


   夕映え

 梯子のついた
 きしむベッド
 かすかな揺れを感じる。
 神戸はとおい
 きみは
 やまとはとおい。といった
 うまくいかないな
 避難所にいたころは
 いつだって会えたから……

 二上山の落日を、毎日
 カメラにとってきみにおくろう
 と、おもいたった
 ここは高層アパートの六階だからね
 でも
 ずっと雨
 通りの向うからは
 演歌がやまない
 〈やまとはええど まほろばじゃ〉
 昔みた映画の台詞を忘れない
 老人の顔がよかった。
 人生のおまけ
 おまけの人生
 どっちでもいいや
 そう、
 おまけがいい。
 音楽会のアンコールだって
 眠っていた客が目をさます

 この梯子のついた
 ベッドの上に
 ぼくは、きみのはだかをおもう
 二上山の夕映え
 金色に染まったおまえのはだか




 


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by sumus2013 | 2014-01-10 22:02 | 画家=林哲夫 | Comments(5)
Commented by akaru at 2014-01-15 12:02 x
いい絵ですねえ。
Commented by sumus2013 at 2014-01-15 20:50
村中さんのごく親しい方にこの絵は残されたそうです。
Commented by akaru at 2014-01-15 22:59 x
そうなんですか、それは良かった。
Commented by akaru at 2014-01-15 23:05 x
お仕事、クビになった理由は、わたし別のことをお聞きしたことがあります。たしか合評会の二次会の後、神戸のハーバーランドから駅へ帰る途中、二人で歩きながらでした。
Commented by sumus2013 at 2014-01-16 12:04
そうですか、辞めた詳しい事情を聞いた記憶はありませんでした。数日前に絵をお持ちの方からホスピスでピアノに向かう村中さんの写真をいただきました。
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