林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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おまじない

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村中秀雄詩集『おまじない』(編集工房ノア、一九九三年九月二〇日、装幀=林哲夫)。村中さんとは同人誌『ブラケット』で知り合った。岡崎氏とも善行堂氏とも街の草さんともこの雑誌で知り合った。ついでに言えば、こういう雑誌が出るから「何か書かへん?」とたしか電話をくれたのは風羅堂の大西隆志さんだった(大西さんはその頃から詩人として広く知られていました。当時は公務員でした)。文章を書く者として小生が今日在るのはすべて『ブラケット』が出発点だった、というふうに結論してもそう大きな間違いではない。

なかでも村中さんとは気が合って、また村中さんのアパートもそう遠くない湊川公園の近くにあったので互いに行き来していた。さらに神戸の震災のときには、わが家から歩いて数分のところに引っ越して来たばかりだった。地震直後、いの一番に見舞いにきてくれた友人である。

『おまじない』は処女詩集。帯を取るとアゲハチョウが現れる。表紙4側は蜜柑の樹をいっぱいに描いてある。当時、妻がアゲハチョウを盛んに飼育していたところから。内容とはほとんど関係なく、村中さんは校正刷を見て「まっこうくさい」という感想をもらした。たしかに、詩風からするともっとカラッとしたナンセンスな図柄が良かったのかもしれないと今では思ったりする。神戸ナビール文学賞受賞(この賞は小生の装幀本が二度もらっている、装幀者には何もありませんが)。



   吾輩のお葬式

 イッショニ死ンデアゲル と
 吾輩はふたりのおんなに言ったことがある
 ひとりはいじめられっ子だった
 やさしい少女だったが
 母親がいけなかった
 もうひとりは老いた寡婦だった
 結局は老人ホームへいってしまったな

 吾輩はいま
 アスファルトの上で干(ひ)からびている
 二日まえの夜 トラックにやられたんだ
 年齢(とし)だな

 そして昨日
 ピカピカの乗用車に完全にのされてしまった
 乗っていた女が
 ぬいぐるみで顔をおおった

 もう二、三日もすれば
 蟻のやつがそおっと吾輩をかついでくれる
 はずなのだが




   別れ

 公園でみた犬の顔が
 かなしかった

 人間は動物とちがう
 と昨日はおもった
 が
 今日は
 人間は動物であると

 午後からしぐれて
 しぐれの空の裂けた水色の淵に
 ぼくは地球をみている

 小雨が顔に
 きもちよくあたった




   家

 祖父は屋根から落ちて死にました
 母は雨漏りの受け方を子供たちに教えました
 兄は雨が降ると勉強ができないといって家を出ました
 妹は壁にできたシミが怖いと泣いていました
 ずいぶん昔のことです
 父ですか
 屋根があるから雨漏りもする。と言ったのを憶えております





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『夢の見方』(編集工房ノア、二〇〇二年三月二〇日、装幀=林哲夫、題字=廣田暎子)。書は村中さんの意向で廣田女史の作品(村中詩を書いたもの)を使った。作品の実物がわが家に送られて来たので、写真を撮るのに一苦労したことを思い出す。家の前の路上に出して、向いの家のコンクリート塀に立てかけ(畳一枚より大きかったような)、なんとか撮影した。その頃はまだ一眼レフのニコマートを使っていたと思う。この詩集は及川記念芸術奨励賞を受賞した。二冊の詩集が二冊とも受賞するのは、たとえ地方都市の出来事だとしても、村中さんの才能の豊かさを証明している。むろん、小生も村中さんの詩は最初からずっと好きだった。

たしか知り合った頃には神戸の百貨店の和楽器売場に勤めていた。村中さんは卒論で(どこの大学だか聞きそびれたけれど)メシアンだかバルトークだかあるいは誰だったか現代音楽のさきがけのような作曲家について論文を書いたと言っていた。『ブラケット』の中心的存在だった村岡眞澄さんの『十年の雨』(彼方社、一九九三年)の出版記念会が大阪の天神橋に近い川沿いのレストランかバーかでもたれたとき、村中さんはそこにあったピアノを軽快に演奏したものだ。これは意外だった。どちらかと言えば、三味線の方が似合う風貌ではあった。

ところが、いつだったかクビになり、三ノ宮のセンター街の上階にあるダイエーの社員食堂のコックに転身した。フライパンを振り過ぎて腱鞘炎になったとこぼしていた。さらにその後、運転免許を取ってタクシードライバーになると言い出した。小生の車に同乗して、いや小生が同乗して、路上運転の練習のために長田区のあたりをグルグル走り回ったこともあった。むろんドライバーにはならなかったが。

またさらにその後を、どう暮らしていたのか、震災後われわれが京都へ越したこともあり、あまり詳しくは知らない。村中さんが被災者の特典のようなかたちで住吉台に住み着いてからは、一度だけそのたいへん環境の良い六甲山の中腹に建っている団地を訪れたことがあったが(ベランダからの海の眺めが見事だった)、それ以来、一年か二年に一度、神戸での個展のときに顔を見せてくれるので、会場でしばらく話し込むだけであった。山歩きに明け暮れているようなことを言っていた。


   詩のこと

 詩のことは
 ふだん思わないほうがいい
 うっかり風呂屋で考えこむと
 脱ぎ忘れていたり
 他人のものに手をだしたり
 洗う順番がいつもとちがって
 すると洗った気がしなくて

 街で喧嘩をみなくなった
 風呂屋ではもっとまえからだ
 いいことなんだろうが
 どこかへんだ
 ーーいろいろな裸があって
   風呂屋には感動がある。
 とある芸術家がいってたが

 興味とあやうさのまじった愛くるしい瞳で
 女の子がぼくを見る
 女の子の洗う仕草が
 母親ゆずりだなと想うと
 なんだか嬉しくなる
 男の子をみないが
 女風呂へ行くのだろう

 詩のことを考えていなくても
 風呂賃を忘れて家を出ることがある
 片道十五分
 気を取り直し家につき
 小銭をぎゅっとつかんで取って返す道すがら
 一心不乱に詩のことを考える



そういえば、実家は風呂屋だったと聞いたような気がする。




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by sumus2013 | 2014-01-08 21:21 | 装幀=林哲夫 | Comments(9)
Commented by chara050505 at 2014-01-09 13:17
『おまじない』は写植版下、『夢の見方』はもうDTPですかね。
ちなみに私の最初の一眼レフがニコマートFTnでした。
巻き上げレバーにプラスチックの指あてのついてないもの。
Commented by sumus2013 at 2014-01-09 14:28
『夢の見方』も写植で出稿したように記憶しています。私のはニコマートELで、1976年、学生時代に国分寺市鷹の台駅前のカメラ店で購入しました。30年ほど使っていましたが自動露出が狂うようになり、FM3Aに買い替えました。ですが、それはほとんど使わず、デジカメばかりになりました。
Commented by sumus2013 at 2014-01-09 14:32
いや、写植だったかどうか、とにかく指定原稿でした。タイトルや図柄はモノクロコピーですので。たぶんこのすぐ後からデータ入稿になったように思います。
Commented by M at 2014-01-09 19:35 x
日本の古本屋に出ているかしらんと見てみれば『夢の見方』がやはり街の草にありました。即注文。
Commented by sumus2013 at 2014-01-09 20:18
さすが街の草さん!
Commented by 岡崎武志 at 2014-01-09 20:36 x
いやあ、じつに久しぶりに懐かしい方の名前を見ました。村中さん、独特な飄逸味があり、性格俳優みたいな風貌でした。味のある方でした。そういうと亡くなったみたいだが、急にお会いしたくなりました。
Commented by sumus2013 at 2014-01-09 21:16
残念ながら、つい先日、お亡くなりになられたそうです。
Commented by akaru at 2014-01-10 10:12 x
そうだったんですか、そんなに深いお付き合い!
Commented by sumus2013 at 2014-01-10 22:09
もう一度、住吉台を訪ねるべきでした……
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