林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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大坊珈琲店

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大坊勝次『大坊珈琲店』(大坊珈琲店、二〇一三年一二月一日)。

年内で閉店と聞いて驚いた。昨秋、ウィリアムモリスで個展をさせてもらっときに大坊さんが来てくださって、モリスさんから紹介されて挨拶をした。その滞在中に一度おじゃましようと思いつつ機会を逃してしまった。年内閉店を知っていれば、十一月の上京のときにうかがうこともできたのに…。思い立ったときに行動しておかないと取り返しがつかないという教訓、いまさらながらですが。

店内や器物を撮影した写真(写真=関戸勇)と大坊さんによるエッセイ「大坊珈琲店マニュアル」がいっしょになった布装のハードカバーが一冊。そして常連の皆さんが閉店を惜しむ文章が一冊。二冊セット。それを灰ボール紙でくるんである。これは『帰らざる風景』と同じ、というか「まねしてもいいですか」と大坊さんからみずのわ氏へ問い合わせがあり、快諾したとのこと。  


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平野遼の油彩画が掛かる店内。



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「大坊珈琲店マニュアル」によれば愛用のポットは手作りだという。四十三、四年前、大坊さんはカフェ・ド・ランブルで見た琺瑯の口細のポットからお湯が糸のように揺れながら落ちて行く線に感動した。

《その頃そのポットはランブルで販売されていませんでした。そこで普通に金物屋さんで売られているステンレスのポットを購入し、注ぎ口を金槌で叩いて細くしました。これが思った以上に具合が良く、大きさも重さもピタリ。四十年も使い続けることになりました。》

ということで、妻がコーヒー用に買っていたわが家のステンレスのポットの口を金槌で叩いて細くしてみた。しかし、たしかに細くはなったが、糸のように落ちない。口先の角度なり幅なりがきちんと経験に裏付けされて加工されていないと使い物にならないことがよく分った。簡単そうに大坊さんは書いておられるが、金槌で叩くだけではこの写真のようにはできないと思う。

「大坊珈琲店マニュアル」には豆の配合、ローストの塩梅、お湯の注ぎ方、まで細かく具体的に書かれている。けれども、その通りにやってもその通りにはできそうもない。まるで錬金術書を読んでいるようだ。店内の設計からしつらえ、器や花にいたるまで、すべてにおいてこだわりぬいた店である。こだわりに理屈はないし、説明して説明し切れるものでもない。そのこだわり具合を読み解くのはたいへん興味深く、そして大坊さんの文章も歯切れがいいのだが、やはり大坊珈琲店は大坊さんでなければとうてい実現できないものだったんだな、と思わせられるばかりである。

客についても著名人を含め何人かの人たちが描かれてる。村上春樹もよく来ていたようだが、向田邦子のくだりが読ませる。

《私は向田邦子さんという人が何をなさる人なのか全く知りませんでした。お名前は知っていました。開店当時、定期的にDMを作る計画で、ノートにお客様の名前と住所を書いてもらっていましたので、三番を飲まれる、スッといらして、しばらくおられ、スッと帰られる方でした。》

《その年の秋に『父の詫び状』が出ました。たちまち好きになりました。翌年に『眠る盃』。翌々年に直木賞。
「直木賞おめでとうございます」
 と言いますと、
「アラ、ソンナコト……イエ、イエ、イイノヨ……」
 とおっしゃいました。
 知らないこともないのでしょうが、
「シェリー酒とはどういうものですか」
 と聞かれたので辛口のものを差し上げますと、
「あら……」
 とおっしゃり、ついでに甘口のものも差し上げますと、
「まあ……」
 とっしゃいました。
 ある時は、
「このごろの野球の成績はいかが」
「あいかわらずよくありません」
「ゴブウンヲ、イノリマス」
 とおっしゃいました。
 夏休みで北上山地へ行っている時に訃報を聞きました。》

もし『続喫茶店の時代』を書くなら、とてつもなく貴重な一冊となるだろう。

***

そうそう、喫茶店と言えば、「ニュース喫茶をご存知ですか」というメールをもらった。知りませんでした。これがチラシ。《退屈しない待ち合わせ場所と新聞や週刊誌で好評の本邦最初のニュースタイルの喫茶室》と謳っている。

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数寄屋橋交差点の北西角(宝くじ売場のあるところ)側の西銀座デパート内にあったようだ。正式名称は「西銀座ニュース喫茶」。封切ニュース映画上映、一流バンド連日演奏、最高の立体HiFiレコード音楽……。エルスベート・シグムント主演「アルプスの少女ハイジ」(一九五二年)の宣伝が載っているので五〇年代に実在したということが分る。

ニュースと音楽、これは西洋のカフェを模倣した時代から「喫茶店」にはなくてはならぬものだった(ヨーロッパのカフェは新聞とともに発展したと言っても過言ではない。詳しくは『喫茶店の時代』参照されたし)。五〇年代、こういう喫茶店が登場するというのは世の中が落ち着いてきた証拠なのかもしれない。



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by sumus2013 | 2013-12-22 20:28 | 喫茶店の時代 | Comments(4)
Commented by miti-tati at 2013-12-23 05:45 x
大坊珈琲店といえば、画家牧野邦夫の「大坊珈琲店の午后」に描かれている楚々とした千穂夫人像を思い浮かべますがその珈琲店でしょうか。本年4月の練馬区立美術館で見た感激を新たにします。牧野の丸ごとの画家人生にうたれました。
Commented by sumus2013 at 2013-12-23 21:26
まさにそうです。その絵、現在は大坊さんが所蔵されているとのことです。
Commented by kat at 2013-12-23 23:13 x
たまたま東京に居ましたので、行ってきました。
長い行列の後、うまく一番奥の平野遼のデッサンの前の席で珈琲を頂きました。
牧野さんの絵もレジの壁に掛かっていました。
素敵な空間でした。
Commented by sumus2013 at 2013-12-24 13:30
それは羨ましい限りです!
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