林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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捨身なひと

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小沢信男『捨身なひと』(晶文社、二〇一三年一二月二〇日、ブックデザイン=平野甲賀、カバー絵=ミロコマチコ)読了。

http://www.shobunsha.co.jp/?p=2955

花田清輝、中野重治、長谷川四郎、宮武外骨、菅原克己、辻征夫……いずれ劣らぬ「捨身なひと」たち。小沢信男が語り部として冥界より引き戻し、古くて新しい魅力を輝かせる。純粋に生きる、生きつづけることは、かくも困難なことなのだろうか、捨身でなければできないことなのだろうか。かつての日本ではそうだった、そしてこれからの日本でもそうならないとは限らない。

ぶれないオールド・サヨクこと小沢信男が書く、語るからこそ、その言葉は心に沁みる。例えば、長谷川四郎の小説「張徳義」のラストに対して「スターリンの軍隊が解放軍なんてナンセンス」という批判が出ることがある。しかし、

《読書会などでは、このてのステレオタイプのご意見を賢そうにおっしゃる向きが、たいていおいでです。そのさいの私の言い分を、念のため書きそえれば、広島や長崎に原爆を落とした元兇のアメリカ軍でさえ、日本軍閥を倒してひとまず解放軍だった実績はある。世界のいたるところで国境紛争は絶えねばこそ、国境がどんどんうすらぎ諸民族が陽気に交流する未来が、なおさらに人類の課題でしょう。ゆくてはるかなとはいえども、とりあえずはEUをみよ。またキューバ人民の陽気さをみよ。この回答もオールド・サヨクですか。それがどうした。》(作品集を編みながら)

あるいは花田清輝が終生こだわった芸術の「共同制作」について。

《みんなで仲良く、なぁなぁの没個性な作品をつくりましょう、というのではない。各人が懸命に自己を表現しながらしかも共同の一個の作品だ。すると、どうなるか。このさい急いで、あけすけに言ってしまえば、文芸が作家さまのお作りになる私有財産として、やたらと奉っているのを、その仕組みが近代というやつなんだが、それをワァーッと乗りこえちゃおう、ということです。
 欧米では著作権を七十年に引きのばしたとか。日本もおっつけそうなるだろうこの現代の滑稽さ。なぜ乗りこえる必要があるのか。ほんらい万人のものに豊かにひらけているはずの芸術を、私有財産に囲いこみ、文化資源というひたすら儲けの具にする、その制度が、根性が、貧しいからですよ。》(『泥棒論語』プロローグ考)

しなやかに激しい文章だ。これすなわち小沢節、小沢さんの生き方である。これらの短い引用からでも「捨身のひと」にはまず著者本人を数えなければならないことがよく分るのだ。

《辻征夫と出会い、彼の友人や、友人の友人や、詩人たちが集まって、おりおりに句会をひらいて十年になります。現代詩人が、古色蒼然たる前近代の定型俳句をつくるなんて堕落だ、という外からの批判や、自身の内なる抵抗もあったようです。それにしてはおしなべて、嬉々としてやってくるのは、なぜだろう。》(畏敬の先輩、敬愛の後輩)

《さよう、余白句会は終始遊びのグループです。ただし各位に微妙なおもいはあるだろう。なかには文学運動の一環のつもりの馬鹿も一人いて、そうです、おくびにもださないけれども私はそのつもり。これにかぎらず、することなんでもそのつもりの傾向があるけどね。》(同前)

そういう文字通りの共同制作(連句のような)を小沢さんは想定していたのかもしれないけれど、じつはいかなる文学であれ何であれ、誰にも何にも借りていない表現というものは在り得ないのではないだろうか。そう言う意味では、芸術は(人はと言い換えてもいい)単独では存在できない。

《長谷川四郎も一九八七年に死んでしまった。けれども、死んでも死んでも生きているのが、すてきな文学のすてきなところです。》(原住民の歌ーーデルス・ウザーラ)

《死んだ人は、さながら生きてたときのように死んでいる、というのが、このごろの感想ないし痛感です。》(死者とのつきあい)

そう、みごとに死んだ人たちと共同制作してるじゃないですか、小沢さん!

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『捨身なひと』を読んだら、無性に花田清輝を読みたくなった。今、わが家にはこの『復興期の精神』(講談社文庫、一九七四年三刷)しかないようだ。栞がはさんである。そこを開くと、偶然にもこんな文章が目に留まった。

《生の現実性によってではなく、いわば生の可能性によってとらえられており、ポアールのあたたかい空気を見捨て、街頭を吹きすさぶつめたい風のなかに決然と身をさらす。ただ生きているところの現実は、すでにかれらにとっては非現実であり、生きることもできず、死ぬこともできない現実が、かれらにのこされた唯一の現実なのだ。これが今日の現実であり、我々の現実であると私は思う。そこでは、「現実的な」打算が無意味なものとなり、必然性の上に安住することは許されず、はたして人間にとって自己保存慾が本質的なものか、自己放棄慾が本質的なものか、容易に解決しがたい問題となる。私はこのような我々の生の可能性を、鍛えあげられたまま、まだ一度も血ぬられず、青い光をはなちながら冴え返っている、眉間尺の剣のようなものだと考える。我々はこの剣を背負って、歩きだす以外に手はないのだ。これが我々の「自由」である。》(ブリダンの驢馬)

う〜ん、やっぱりカッコいい。要するにこれは実存主義というやつであるが、この本について小沢さんはこう書いている。

《花田清輝といえば『復興期の精神』で、六十年前の、敗戦の翌年に出版された。衝撃でしたねぇ。全面戦争のまっただなかで書いていて、それが戦後のわれわれを鼓舞しました。誰もなにもあてにならない混迷のときに、めざましい人間の声をひびかせていた。》(『泥棒論語』プロローグ考)

「われわれを鼓舞し」たということ、それすなわち「共同制作」なのである。

最後に脱線。「ポアールのあたたかい空気」と花田の文中にある。このポアル(poêle)は「暖かい部屋」の意味らしい。花田はこのくだりに先だってポアールとはデカルトの書物に出ている言葉で《悠々自適、かれがその画期的な労作のペンをはしらせたのは、このポアールのあたたかい空気につつまれてであった》と書いている。検索してみると『方法序説』第二部の初めの方に出ているらしい。

 « J'étais alors en Allemagne... Je demeurais tout le jour enfermé seul dans un poêle où j'avais tout loisir de m'entretenir de mes pensées. »

ドイツでは暖かい部屋に一日中こもって思索にふける生活をおくっていた……とデカルトさんは言う。このpoêle」は「暖炉」ではなくドイツにおいては「煖房のきいている部屋」という意味だそうだ(花田はどちらでもいいと書いている)。書を捨てよ、街へ出よ、かな。戦中においてはそれは剣を負う(比喩的にも文字通りにもとれる)ことだった。こういうのを読むと小林秀雄なんか目じゃないという気がしてくるのだなあ(小沢節が染るんです!)。

いろいろ考えさせてくれる『捨身なひと』でありました。


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by sumus2013 | 2013-12-20 21:03 | おすすめ本棚 | Comments(2)
Commented by M at 2013-12-21 04:51 x
いいものを読ませていただきました。ありがとうございます。
Commented by sumus2013 at 2013-12-21 20:33
あれこれ読みたくなる一冊です。
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