林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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ルル子

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池谷信三郎他『ルル子』(平凡社、一九三〇年六月一五日)。昨日、兵庫県美の展示にこの本が第二部のいちばん最後に並んでいた。残念ながら、これは小生の本ではない。日本近代文学館でカラーコピーしてきたもの。展示本も同館所蔵本だったが、たしかこの本が二冊あって、小生が閲覧したこの本ではない、もう一冊のようだった。

一九三〇年六月に蝙蝠座が築地小劇場で第一回講演として上演したのが「ルル子」だった。すなわち中村正常、池谷信三郎、舟橋聖一、坪田勝、西村晋一の五人がルル子という女性を主人公にしてコントを書いて上演した。その舞台装置を担当したのが、東郷青児、阿部金剛、佐野繁次郎、古賀春江。その台本である。

どうしてわざわざこの本を閲覧したかというと、しばらく前に以下の原稿を入手したため、確認しておきたかったのである。

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ただし今日出海の序文四枚と中村正常の「「馬鹿の標本」座談会」三十二枚が綴じられているだけで、中村の原稿は筆跡が二種類、前半は誰かの清書原稿、後半が中村の自筆かと思われる。今日出海は序文にこう書いている。

《ヴェデキントの「パンドラの匣」と「地霊」が組み合つて出来た戯曲「ルル」が翻案された。といふよりは換骨奪胎されてルル子なるニホン娘が出来上つた。戯曲「ルル子」の中にヴェデキントらしい何ものかを探すとしても徒労だから、序文で断はつて置く。》

《最後に蝙蝠座の事務と責任を総て一手に引き受けてなほ綽々たる主事小野松二にルル子が上梓されるにあたつて、一言謝意を述べて置かう。》

「最後に」以下は抹消されている。版本にはないのだろう(今、コピーした序文が見つからないので断言できませんが)。今はまったく停滞してしまっている小野松二研究だが、とりあえずこのブツを確保しただけで満足しているしだい。

今日出海は「芸術放浪」という自伝的エッセイで蝙蝠座のことに少しだけ触れている(『芸術新潮』一九五一年四月号)。学生時代(東大仏文)、築地小劇場ができて非常に大きな感化を受けた。池谷信三郎、村山知義、舟橋聖一、古沢安二郎らとともに「心座」を結成してユージン・オニールやルノルマンを上演した。その後、心座は分裂して左傾した村山と提携したのが「前進座」となる。

《私が「心座」に関係してゐたのは学生時代のことで、後に池谷信三郎、中村正常等と蝙蝠座を組織もしたが、この時も何等の資金もなく、築地で旗挙げ公演をし、昔の心座時代の経営法で格別欠損も作らなかつた。》

江戸東京博物館に所蔵されている蝙蝠座のポスター。

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蝙蝠座について触れている文献としては西村晋一「蝙蝠座のころ」などいろいろあるようだ。なかでは体験的に語ってくれて面白いのが中村知會『中村さんちのチエコ抄』(主婦と生活社、一九八四年四月二〇日)に収められている「蝙蝠座の頃」。中村知會の当時の名前は橋本千恵子。

《「築地小劇場」が分裂して、私はしばらく、おとなしい生活をしていたのですが、だんだんと頭と体がうずうずしてきました。
 そんなときに、今日出海さん、小野松二さん、坪田勝さん、西村晋一さん、そして、後に夫になる中村正常たちが、劇団「蝙蝠座」を旗揚げしたのです。昭和五年二月のことです。》

《舞台装置や美術のメンバーには、阿部金剛さん、東郷青児さん、佐野繁次郎さん、古賀春江さん、そして紅一点の、佐伯米子さんがいました。
 「蝙蝠座」の女優陣には、特別出演の阿部艶子さんの他、毛利菊枝さん、高見沢富士子さん(現・田河水泡夫人)、小百合葉子さんたちがいました。》

《「蝙蝠座」は神田の〈こまや〉という洋品店の二階を借り、事務所兼稽古場にしていました。いわば、〈こまや〉の主人は「蝙蝠座」のパトロンでもあったのです。》

《〈こまや〉の向かい側に〈フルーツ・パーラー万惣〉があって、稽古の終わったあと、「築地小劇場」から強引に「蝙蝠座」に入座させたボーイ・フレンドの高木丈二たちと、そこで楽しい時間を過ごしたものです。》

《「蝙蝠座」の第一回公演は、〈女優ナナ〉を演ることになりました。
 主役は阿部艶子さんにきまり、相手役にはなんと私がきまったのです。》

《例の〈パピリオ〉の文字をデザインなさった佐野繁次郎さんは、滝沢[修]さんとはまた違った味のメーキャップをなさっていました。》

《作家たちの思い入れで、艶子さんが〈女優ナナ〉の主役に引っぱり出されたことが、朝日新聞を初め、その他の新聞にも大きく取り上げられ、公演は連日満員の盛況ぶりでした。
 劇中の艶子さんの水着姿に、観客の視線は熱く注がれたのです。
 といっても特別につくらせた体をすっぽり包み込む肉色のタイツの上から、水着をつけたという、今では考えられないスタイルでしたが、当時としてはセンセーショナルなことだったので、話題になりました。》

〈女優ナナ〉などいくつか勘違いがあるようだが、当時の様子が目に見えるようだ。高見沢富士子は小林富士子で小林秀雄の妹。阿部艶子は作家・三宅やす子の娘で画家・阿部金剛の妻(阿部と結婚したのは昭和四年十二月)。中村が言及している朝日新聞の記事は昭和五年六月三日に掲載された「阿部艶子の初舞台」らしい。三宅艶子(=阿部艶子)のエッセイ『ハイカラ食いしんぼう記』(中公文庫、一九八四年)に蝙蝠座のことが一箇所だけ出て来ていた。あとがき。

《この本に、佐野繁次郎氏にカットを描いていただけたことが、私にはほんとうに嬉しい。佐野さんお忙しい中をありがとうございました。
 佐野さんとは、数えると五十年来のお友達で、いろいろ御縁も深い(蝙蝠座の芝居のメークアップをしていただいたこともあるし)。夫だった阿部金剛と同い年で、二科展の初入選(遠い昔話だけど)も同じ年だった。》

蝙蝠座については下記論文が詳しい。

中野正昭「新興芸術派とレヴュー劇場-蝙蝠座、雑誌『近代生活』とカジノ・フォーリー、ムーラン・ルージュ-」
http://www.researchgate.net/publication/33015659_--
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by sumus2013 | 2013-12-04 21:12 | 古書日録 | Comments(0)
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