林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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高村光太郎と高祖保

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森井書店古書目録53号(二〇一三年一一月)を見ていて「オオッ」と思ったのがこの三点セット。高村光太郎の高祖保宛献呈署名入り『某月某日』(龍生閣、一九四三年)、『をぢさんの詩』(武蔵書房、一九四三年)および高祖保宛葉書一枚。

『某月某日』には見返しの遊び紙に《謹呈/高祖保君/高村光太郎/昭和十八年七月》とペン書き。葉書は昭和十八年七月二十七日付(消印は二十九日)、宛先は《大森区田園調布/三ノ三七八/高祖保様》。ペン書き十二行。

《おたより拝見、又々御入院の
 ことを知り、驚きました。今度
 は充分御療養なされて無理を
 されぬやう申志すすめます。
 此前はまだ出あるきに無理だつた
 のだと推察されます。
 御送付の校正刷は別封で御返
 送いた志ます。一箇所かなを
 なほしま志た。  そのつひで
 に「某月某日」を同封いた志ま志
 た。おんつれづれの時にでも御覧下さい。すべてゆつくりやつて下さい。》

高祖保は『をぢさんの詩』を編集していた。『をぢさんの詩』の見返しの遊び紙にはこう墨書されている。

《此の詩集の成る、まつたく
 あなたのおかけでありまして
 印刷の字配り、行わけ、の比例
 から校正装幀などの御面倒
 まで見てくださつた事世にも
 難有く、茲に甚深の謝意
 を表します
   昭和十八年十一月
     一十六歳高村小父 光[白文印]
 高祖保雅友硯北》

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外村彰『念ふ鳥 詩人高祖保』(龜鳴屋、二〇〇九年八月四日)をごく最近買って、ぼちぼち読んでいたため、よりいっそうこの出品に対して目が釘付けになった。

本書によれば、高村光太郎は高祖が最も尊敬する詩人であった。昭和四年、十九歳のときに友人らと創刊した雑誌『門』に寄稿を依頼したところ、高村から「その詩」という詩が送られて来た。そこからの交わりである。高祖保略年譜の昭和十八年にはこう書かれている。

《二月頃、高村光太郎宅に通い詩集『をぢさんの詩』(太陽出版社、昭和十八・十一)編纂を手伝う。》

《同月[四月]中旬から肺炎のため二十日間入院。六月初めに退院。自宅静養するも六月二十四日、再入院。四十度前後の高熱と闘う。八月二十日頃退院。》

「手伝う」のに間違いはないが、謝辞を読めば組版から校正、装幀まで敬愛する詩人の詩集をほとんど一人で作っていたという様子がうかがえる内容である。これらの高村の葉書や献辞は高祖保年譜をよりいっそう充実させる貴重な資料だ。

お値段は……いや、こいう資料に関して値段はあってなきがごときものであろう。言うまでもなく貧生にはとうてい手が出ませんが。
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by sumus2013 | 2013-11-21 20:33 | 古書日録 | Comments(2)
Commented by uroburo at 2013-12-03 01:51 x
高祖保の「氷の部屋・黄昏の部屋」(『新詩論』第76号(昭和18年9月)所収)は、18年6月24日から30日までの入院中の日記風エッセイなのですが、6月28日の項に「従姉から高村光太郎氏の随筆集「某月某日」が届けられ」という記述があります。
林さんの記事を読んで一瞬、病床に献呈本が届けられるシーンを妄想しましたが、ハガキの日付と合いませんね。。
エッセイにでてくる「某月某日」はおそらく買って届けてもらったものでしょうが、ひと月後には献呈本も枕頭に置かれたのでしょうね。
Commented by sumus2013 at 2013-12-03 08:30
ちょうどひと月のズレが悩ましいところですね。「某月某日」は四月二十日発行ですし……。
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