林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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以文

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『以文』第二十三号(京大以文会、一九八〇年一〇月一日)。某氏より恵投に与った。本城格「パリでの古本漁りの思い出」が載っているのでご参考までとのこと。ありがたいです。本城格(ほんじょういたる)氏はフランス文学者。

1916年-1991年5月27日。京都帝国大学文学部仏文科卒。1957年京大文学部仏文科助教授、69年教授、80年定年退官、名誉教授、甲南女子大学教授。1976年にフランス政府から教育功労賞オフイシェ章を受けた。90年秋旭日中綬章受勲。ロンサールなどルネッサンス期の詩が専門。》(はてなキーワード)

一九六二年頃、パリに滞在していたときに体験した古書店のいろいろ。残念ながら店の実名が出ていない。氏がどういう本を古書店で買ったのかだけを拾ってみる。

サン・ジェルマンのD書店 
ドビニエ『レ・トラジック』テキスト・フランセ・モデルヌ版、四巻

株式取引所近くのある古本屋 
オリヴィエ・ド・マニ全集、ルメール版
アベ・グージエ『ビブリオテーク・フランセーズ』十八巻のうち二巻欠

B店
ジュル・ファブル『オリヴィエ・ド・マニ、その生涯と文学の研究』

他に版元を訪ねて雑誌のバックナンバーを買い求めているが、版元によって親切だったり、取りつく島もなかったりとさまざまな経験をしたようである。さもありなん。

D店のように在庫品の整理が行届いている古本屋は珍しい。私は後にサン=シュルピス寺院前の大きな古本屋の主人と昵懇になり、店裏の倉庫に入れてもらったことがあるが、足のふみばもないほど天上まで乱雑に書物が積み上げられていて、整理はおろか値段もつけられていない。欲しい本があればゆっくり探したらと言ってくれるが、ざっと表題に目を通すだけで弁当持ちで二・三日はかかるだろう。こうした店ではカタログに掲載された分だけが整理されているのだ。定期的にカタログを出していない店では、沢山の本を店に並べて客が勝手に探して買うようになっているのは言うまでもない。

サンシュルピス寺院前の大きな古本屋、今はもうないと思う。ただ、小生も一九九八年のパリではサンシュルピスの真ん前の古本屋に入った記憶がある。かなり奥の深い店だった。手前の方だけ見せてもらって、梯子を使って棚の上の方にあったコクトーの詩集を一冊だけ買った。たしか二軒くらいは古本屋があったように記憶しているのだが……。

『以文』第二十三号には松尾尊兊先生の文章も掲載されていた。「ハーバード再訪」。文部省在外研究員として一九七九年一二月から八〇年三月まで滞在した。

日本人のみならず日本語が氾濫していることも相変わらずであった。前記のポッターさんの如きは、たまに英語で話しかけると、「松尾さんは英語がお上手だからね」と皮肉る有様である。日本学専攻の学生ともなればすべて日本語で話しかけてくる。イギリスでは達者な筈の教授でも日本語で話したがらぬ人が多い。

ポッターさんは燕京図書館の館員。

フェアバンク・センター(東アジア研究所)内に相部屋ながら一室もらっていたが、年中出入自由で夜間、休日といえども煖房が通じているので助かった。図書館も平日は一〇時まで開いている。日本関係書は近年予算不足と聞いていたが、使用してみると充実ぶりが一段とよくわかった。日本近代史の分野では、特殊な資料だけ抱えて行けば論文を書くのに不自由しないくらい揃っている。京大にいると、付属図書館・人文研・法・経・教養、さらには農学部まで足を運ばないと揃わぬものが、ハーバードでは低い階段の四層を上下するだけで調達できる。京大ではマイクロ・フィルムさえない東京朝日新聞の縮刷版が、創刊号いらいあって、しかも帯出自由なのである。

アメリカにおける日本近代史研究が進むのも当然であると松尾先生は書いておられる。



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# by sumus2013 | 2017-11-21 21:22 | 古書日録 | Comments(0)

辻邦生 パリの隠者

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辻邦生、高輪自宅の書斎


「辻邦生ーーパリの隠者 TSUJI Kunio : Un anachorète à Paris」展が昨年(二〇一六)、ストラスブール大学とパリの日本文化館にて開催された。本月、恵比寿の日仏会館でも再現されたそうである。その図録とチラシを頂戴した。辻邦生はほとんど読んでいないが、湯川さんの処女出版だということで以前取り上げたことがある。

辻邦生『北の岬』(湯川書房、一九六九年二月二八日)

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同展図録(学習院大学史料館辻邦生小委員会、二〇一六年一一月一日、デザイン=人見久美子)。パリの「辻邦生ゆかりの地」がホテル住まいも含めて詳しく紹介されているのは非常に興味ぶかい。一九五七年にフランス政府保護留学生として渡仏して以来、転々としているが、一九五八年から六一年までまる三年間はカンパーニュ・プルミエール街8bis のアパルトマンに滞在した。その後何度かの巴里滞在を経て晩年(一九八〇年から一九九九年歿年)はデカルト街37番地に部屋を確保して何度も往復していたようだ。

マン・レイ歩きその一

アンリ四世校〜デカルト通り

昭和三十二年、美術史を専攻していた妻佐保子がフランス政府給費留学生となり、辻も私費留学生としてともにフランスに渡った。彼等が乗船したフランス郵便船カンボージュ号には岩崎力、平岡篤頼、加賀乙彦らも乗っていた。加賀と辻はとくに親しくなった。十月九日、マルセイユからパリのリヨン駅へ降り立った。

石造りの彫りの深い端正は町並みに、不思議と長く住んでいた場所に戻ってきたような気持を感じ「自分が本来生れるべき都市[まち]はここだったのではないか」とまで語っている。
しばらくはホテルを転々としていたが、ようやくモンパルナスのカンパーニュ・プルミエール街8番地に僧院に似た〈隠れ家〉を見つけ、国立図書館と往復しながら、本を繙き、ペンを走らせ続ける生活が始まる。
小説と正面から向き合い、ひたすら文学の可能性を摸索したパリでの日々が〈小説家〉としての骨格を形成したと言っても過言ではないだろう。》(冨田ゆり「辻邦生ーーパリで生き、パリで書く」)

高輪の書斎の写真は日仏会館ギャラリーでの展示チラシより。図録の略年譜によれば一九七一年(四十五歳)に港区高輪のマンションに転居している。

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# by sumus2013 | 2017-11-20 20:47 | 古書日録 | Comments(0)

ネーデルラント旅日記

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デューラー「芝草」


デューラー『ネーデルラント旅日記』(前川誠郎訳、岩波文庫、二〇〇七年一〇月一六日)には「ルッター哀悼文」が収められており、この旅行記中で異彩を放っている。一五二一年五月十七日のくだり。

一五二一年の精霊降臨節の前の金曜日、アントウェルペンの私の許に、マルティン・ルッターが陰謀によって逮捕されたとの報せが入った。

彼こそはキリストと真のキリスト信仰との後継者であった。そして彼がなお生きているか、それとも彼らが彼を殺[あや]めてしまったか、を私は知らない。

さればマルティン・ルッター博士の書物を読むものは誰しも、彼の教えが如何に明快に聖なる福音を伝えているかを理解することならん。そればそれら(彼の著作)は大いなる敬意をもって保存さるべく、焚[や]かれることあるべからず。いつもいつも真理を歪曲する彼の敵対者たちを、人間たちを神々にしようとする彼らの見解ともども火中へ投じ、それに代わりて再び新たにルッターの書物の刊行せられんことを。おお、神よ、ルッターもし逝きしならば、誰か聖なる福音をかくまで明快に我々に宣べ伝えることをなさんや!

むろんルターはいきなり捕まったわけではなかった。『95ヶ条の論題』を貼り出した(一五一七年、今年はちょうど五百年にあたる)ことを手始めに過激な著作を次々発表した。

ルターが1520年にあいついで発表した文書は宗教改革の歴史の中で非常に重要な文書であり、ルターの方向性を確定することになった。それは『ドイツ貴族に与える書』、『教会のバビロニア捕囚』、『キリスト者の自由』であった。『ドイツ貴族に与える書』では教会の聖職位階制度を否定し、『教会のバビロニア捕囚』では聖書に根拠のない秘跡や慣習を否定、『キリスト者の自由』では人間が制度や行いによってでなく信仰によってのみ義とされるという彼の持論が聖書を引用しながら主張されている。》(日本語ウィキより)

このことによってレオ十世によって破門された。当局としても放置しておけず、ヴォルムス帝国議会への召喚が行われる。デューラーが心配しているようにルターが殺害されることはなかったものの、五月二十一日のヴォルムスの勅令により神聖ローマ帝国内ではルターの著作を所持することが禁止された。ところが、

書記官コルネリウス[デ・グラフェウス]が私にルッターの『バビロン捕囚』をくれたので、それに対し私は彼に私の大判版画集三冊を贈った。

とこれはデューラーが六回目のアントウェルペンに滞在しているとき、同年六月八日のくだりに記されている。アントウェルペンも神聖ローマ帝国内だったはずなのできっと禁制品ということになるのだろう。あるいは、まだこの時点では禁令が届いていなかったのかもしれないが……もしくは禁令など気にしなかったか。

旅の途中で彼はけっこう本を買っているのが意外だった。ルターの著作も『コンデムナツィオ』『対話集』『バビロン捕囚』の三冊を手に入れている。

それにしても、上に掲げた「芝草」の描写などには、まさに先日引用したヒエロニムス・ボックが《家の近くで見られるすべての植物を自在に描写したうえ、土地の植物を土地の言葉で記述するという、かつてない新しい課題ととりくんだ》という態度に匹敵するものではなかろうか。

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デューラー「聖ヒエロニムス」


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# by sumus2013 | 2017-11-19 20:44 | 雲遅空想美術館 | Comments(0)

紅葉小禽

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呑舟と落款のある扇面画を入手した。今年は京都も少し紅葉が早いようである。今がちょうど見頃かもしれない・・・ということで掲げてみる。ほんとうはもう少し早くアップしたかったのだが。

呑舟はおそらく大原呑舟であろう。以下コトバンクより。

大原呑舟 おおはら どんしゅう
江戸後期の画家。阿波生。名は鯤、別号に鯤崘・崑崙等。京都に出て大原呑響の養子となる。呉春の門人柴田義董に画法を学び、山水・人物を能くした。筆力は力強く伸び伸びとしている。安政4年(1857)歿、66才。

養父の呑響についても。

大原呑響 おおはら どんきょう
江戸後期の画家。陸奥生。本姓は今田(一説に熊谷)、名は翼、字は雲卿、通称に観次・左金吾、別号に墨斎。松前藩より文武の師として聘せられ重用される。画法は張瑞図を慕い、最も山水図を能くした。また詩文琴書にも優れる。文化7年(1810)歿、享年未詳。

松前藩では家老の蠣崎広年(波響)と交わったらしい。画事も波響から学んだかと推測されてもいるようだ。ただ画風としては養子の呑舟とのつながりはほとんどないかと思われる。呑舟はかなり流達な筆致のテクニシャンである。

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# by sumus2013 | 2017-11-18 19:43 | 雲遅空想美術館 | Comments(0)

阪急古書のまち

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阪急古書のまちが移転してから、まだ一度も足を向けていなかった。もう一年にもなるのだが・・・。本日、久々に大阪へ所用で出かけたので、ちょっとのぞいてみた。ご覧のように白木のショーウィンドウが並ぶ姿に目をみはった。

阪急古書のまち お引っ越し(毎日新聞)


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せっかくだから何か買いたいなと思って、あちこちのぞいて、というわけではなく、梁山泊だけのぞいて、文庫本棚から何冊か。そのうちの一冊がこちらダニエル・ブアスティン『本はいつごろから作られたか 大発見4』(鈴木主悦・野中邦子訳、集英社文庫、一九九一年九月二五日)。マーカーで線引きあり、100円。

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この冒頭「第三部自然(承前)」は植物誌・動物誌についての記述である。そのなかに、先日このブログでも触れたヒエロニムス・ボックについて、このように書かれていた。

ドイツ植物学第三の父ヒエロニムス・ボック(一四九八〜一五五四年)は、ある意味ではさらに異彩を放っている。最初は、ドイツ国内の自分の住む地方に生育する植物をギリシアやラテン名と照合しようとしたボックは、さらに一歩を進めて、著書『新植物誌』(一五三九年)で、家の近くで見られるすべての植物を自在に描写したうえ、土地の植物を土地の言葉で記述するという、かつてない新しい課題ととりくんだ。

彼らの植物学上の教義は、ルター派の教義にも似て、二律背反的であった。神聖なるディオスコリデスの浄化された原文にたちかえっていった一方で、彼らはルター派の人びとの聖書と同様、植物学研究を市井の言語に翻訳したのである。

なるほど、アルブレヒト・デューラー(1472-1528)の緻密な植物写生画は、ボックの植物研究と同様に、ルターの精神に基づいたものだったのだ!

ヒエロニムス・ボックの『Kreutterbuch』

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# by sumus2013 | 2017-11-17 21:08 | 古書日録 | Comments(0)

Salvator Mundi

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レオナルド・ダ・ヴィンチ作とされる「Salvator Mundi(救世主)」が11月15日のクリスティーズ・オークションに出品されるということで話題になっている。

Up-close look at rarely seen da Vinci painting expected to sell for $100 million

レオナルド作が確実とされる十五点のタブローのうちで唯一個人蔵のものが売りに出されたのだそうだ。ウィキには、長らく行方不明だったものが最近発見され、修復された後、二〇一一年にロンドンのナショナル・ギャラリーで開催されたダ・ヴィンチ展で公開されたとある。もう少し詳しく引用すると以下の通り。

ダ・ヴィンチがルイ十二世のために一五〇六年から一五一三年の間にフランスで描いたものとされている。イングランドのチャールズ一世コレクションの一六四九年のカタログに記載されている。一七六三年にはバッキンガム・ノーマンビィ公爵の子息によってオークションにかけられた。一九〇〇年に英国人の収集家フランシス・クック(Francis Cook)ことモンセレイト(Monserrate)の第一子爵、が購入した。そのときにこの絵は拙い修復によってかなりダメージを受けており、作者も不明とされていた。一九五八年にクックの子孫がそれをオークションで売却したときにはわずか45ポンドだったそうである。

二〇〇五年にある美術商組合(consortium of art dealers)の所有となった。そのメンバーにはオールド・マスター専門の美術商ロバート・サイモン(Robert Simon)も加わっていた。分厚く上塗りされており、コピーだと見なされていた。ところが、修復してみると、ダ・ヴィンチの真作であると折り紙がつけられることとなり、上述のダ・ヴィンチ展で展示されたのである。

二〇一三年にこの絵はスイス人美術商イヴ・ブーヴィエ(Yves Bouvier)の手でロシア人コレクター・ディミトリ・リボロヴレフ(Dmitry Rybolovlev)に売却された。$127.5 million(百数十億円、当時1ドル100円前後)だったそうだ。

今回のオークションでも1億米ドル超えは当然と予想されているようだが、さて、いったいどれくらいになるのだろう。そして誰が買うのか? ちょっと気になる。

しかし、正直なところ、どう見ても、ダ・ヴィンチの真作とは思えない。まず手と衣服の描き方がダ・ヴィンチの感覚とは思えない。手も衣服も描写が不自然に細か過ぎる。レオナルドはかなり細かい描写もするのだが、もっと自然な流れでまとめている。表情はたしかに雰囲気はある。ただし、どうも安っぽい。本物と思われるダ・ヴィンチ作品にはこういう間の抜けた感じはない。ダ・ヴィンチ・スクールとしておくのが妥当なところではないだろうか。でも45ポンドなら買いだな。

 1958年の1ポンドは2.80米ドルだったから45ポンドは126米ドル。1ドル360円時代なので当時45000円余りということになる。
【以上は二〇一七年一一月四日に書いた記事】


本日(十六日)結果が報道された。予想を大きく上回って4.5億ドルに!。小生は、米経済は好調だし、美術界は明らかにバブルになっているから、絶対に高くなると信じていたが、それにしても、ここまでとは・・・バブルは本物だ。

二十分以上、ビッド競争が続いたという。2.3億ドルの時点でビッダーは二人に絞られた。ジリジリ競り上がる。3億ドルに達して、一瞬、競争は止った。かに見えたが、その後もすぐに上がり続けた。4億ドルに達した。この時点でバイヤーが払う手数料は5千万ドル(!……とここまでは「ART NEWS」のサイト記事より)。BBCニュースによれば、結局のところ、$450.3M(手数料込み)で電話によるビッダー(未公開)の手に落ちた。目下1米ドルは113.22円だから$450.3Mを単純に掛けるとおよそ509.83億円ということになる。ほぼ510億円である。ヤフオクの終了前1分で延長に次ぐ延長みたいな手に汗握る競り合いになったわけだ。桁は違うけど……


'Leonardo da Vinci artwork' sells for record $450m(BBC NEWS)




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# by sumus2013 | 2017-11-16 20:16 | 雲遅空想美術館 | Comments(0)

入谷コピー文庫/吉村昭研究

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『あの日私はロバを見た! もう一度』(入谷コピー文庫、通巻90号、二〇一七年一二月七日)。小生は「オノ・ヨーコの声音」を寄稿させてもらった。京都のアンティーク店でオノ・ヨーコとショーン・レノン(当時十歳くらい)に出会った想い出。

街角で見かけた著名人(=ロバ)について、皆さんに綴っていただく『あの日私はロバを見た!』の第2弾が出来上がりました。ちょっと目先の変った変化球(であり、ミーハー)な企画ものであったので、反響が心配でしたが、おおむね好評でした。また茶木加奈子さんの表紙のロバのイラストも「可愛かった」との声をいただきました。
 ご感想のお便りには「実は私は誰々を見ましたよ」との添え書きが何通もありました。それならばということで、早速続編を作ることにしました。ちなみに表紙のバックの写真はJR姫路駅前、裏表紙は東京・浅草の映画館が全て消えてしまった六区街です。》(編集後記より)


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『吉村昭研究』No.40(吉村昭研究会、二〇一七年一二月一日)に「シャロンヌ教会の少女架刑」を寄稿させていただきました。

吉村昭資料室

吉村昭作品 読書ガイド

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# by sumus2013 | 2017-11-16 19:40 | 文筆=林哲夫 | Comments(0)

もよおしいろいろ

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百年のわたくし

2017年11月23日

徳正寺
http://d.hatena.ne.jp/tobiranorabbit/20171123




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8 meets M!DOR! Exhibition
effect color

2017年12月16日〜24日

8(eight)
http://eight-tokyo.com





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「いつかどこかで」
戸田勝久展

2017年11月18日〜11月26日

叙友舎
http://www.joyusha.com



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とも吉写真展
日々、そぞろあるき

2017年11月17日〜11月30日

喫茶おとら
http://www.o-track.com





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宝珠光寿版画展

2017年11月7日〜11月30日

ウィリアムモリス珈琲&ギャラリー
東京都渋谷区渋谷1-6-4 The Neat青山2F
開廊時間 12:30 -18:30
休廊日:日曜・月曜・第3土曜日[18]21日・23日休み





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エンゲルスガール10周年記念銭湯ライブ
梅津和時 vs ミノリ&ロマンべ

2017年11月20日

宝湯
http://www.1126juso.net



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FOTOAUSSTELLUNG
2017年11月9日〜12月3日

PAVESI CAFFE / GALERIE
https://m.facebook.com/YuYoruno/




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視覚とくらし
イシサカゴロウ展

2017年10月31日〜11月18日

カロブックショップアンドカフェ
http://www.calobookshop.com




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世界を変える美しい本
インド・タラブックスの挑戦

2017年11月25日〜2018年1月8日

板橋区立美術館
http://www.itabashiartmuseum.jp




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本を、つくってみた
アーティストブックの制作と展示

2017年11月3日〜26日

ナディッフ アパート
http://www.nadiff.com





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市島三千雄生誕110年記念祭

2017年11月18日

新潟大学駅南キャンパス「ときめいと」
https://www1.niigata-u.ac.jp/tokimate/



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小栗虫太郎
PANDEMONIUMの扉を開く

2017年11月13日〜12月1日

成蹊大学図書館2階アトリウム
http://www.seikei.ac.jp/university/library/floorguide/index.html



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遠藤ミチロウ「SHIDAMYOJIN最終版」
上映会+監督あいさつ+ライヴ

2017年12月16日

北島町立図書館 創世ホール
http://kokokuhiroba.com/sosei.htm



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本という樹、図書館という森

2017年12月14日〜2018年2月18日

日比谷図書文化館
http://hibiyal.jp/hibiya/index.html





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# by sumus2013 | 2017-11-16 17:30 | もよおしいろいろ | Comments(10)

Tu ne sais pas aimer

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菅野俊之氏より『福島自由人』第32号(北斗の会、二〇一七年一一月三日)を頂戴した。深謝です。菅野氏は「作詞家門田ゆたかの周辺ー中原中也・永井荷風・「映像」ー」を執筆しておられる。内容のごく一部だけ紹介しておく。

「ふくしま人 門田ゆたか」
http://sumus2013.exblog.jp/27575875/

昭和八年、門田ゆたかは流行小唄〈東京祭〉の懸賞募集(読売新聞主催)で一等に当選した。賞金五百円。〈東京祭〉は東京市が昭和七年に隣接郡町村を合併し三十五区の大東京になった、その一周年を記念したものという。賞金につられて中原中也もまたこの懸賞に応募していた(応募作は中也全集に収録されています)。ただ入選はおろか選外佳作にもその名前は見えないとのこと。

永井荷風は小説「おもかげ」の作中で門田の作詞した「私の気も知らないで」の歌詞の一部を引用している。

おもかげ
http://sumus2013.exblog.jp/26267876/

若き日に欧米に遊んだ(文字どおり娼婦と遊蕩した)荷風は、彼の地で西洋音楽を熱心に聴き陶酔した。荷風の小説に鏤められた江戸音曲や歌謡曲の基底には西洋音楽の想い出が響いており、吉原遊廓の月夜にシャンソンの旋律が流れる「おもいで」に谺しているとぼくは推測するのだが、如何?

ゆたかの詞による「私の気も知らないで」はマリー・イボンヌこと上村まり子の歌唱で昭和十年にテイチクから発売されたという。なお原曲「TU NE SAIS PAS AIMER」の方は一九三一年公開のフランス映画「Sola」(監督アンリ・ディアマンベルジェ、Henri Diamant-Berger)の主題歌。主演のダミア(Damia)が歌った。

門田がつけた歌詞には二種類あるそうで、タイトルも「人の気も知らないで」「私の気も知らないで」と異なる。ついでに書いておくと、フランス語の「知る(savoir)+動詞の不定法」は「〜できる」の意味。「AIMER」は「愛する」だから「TU NE SAIS PAS AIMER」を直訳すると「おまえは愛することができない」となる。門田は知る(savoir)の否定形だけを生かして「人の気も知らないで」としているが、歌詞本文とともに、苦心の訳というよりもテーマだけ汲み取った創作であろう。

Youtubeで「人の気も知らないで」が何種類か聴ける。ダミアの原曲と昭和十三年の淡谷のり子版を貼付けておく。










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# by sumus2013 | 2017-11-15 21:00 | おととこゑ | Comments(0)

編む人

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南陀楼綾繁『編む人 ちいさな本から生まれたもの』(ビレッジプレス、二〇一七年一一月一二日)

大学を卒業して、なんとなく足を踏み入れた出版の世界。
 はじめは大学院に受かるまでのつなぎのつもりだったが、いつの間にか、こっちの方が面白くなって、いまに至る。
 めざして入った世界ではないからか、いまだにプロの編集者なりライターだという自覚を持てないでいる。その分、やじうま根性は旺盛で、仕事にかこつけて、それまで読者として接してきた書き手や編集者に会いに行った。
 本書は、そうやってお会いした人たちとの対話の記録だ。》(はじめに)

その人たちとは、小西昌幸、竹熊健太郎、堀内恭、村元武、大竹昭子、本間健彦、牧野伊三夫、小林弘樹、山崎範子の各氏。かなり濃〜いメンツである。だから面白い。『ぐるり』『雲遊天下』に掲載されたインタビューのなかから出版に関するものを集め、谷根千工房の山崎さんのお話を加えてまとめられている。

こんな素敵で刺激的な〈編む人〉がいるうちは、「出版業界」が行きづまったとしても、「出版」という行為にはまだまだ可能性はあるはずだ。




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# by sumus2013 | 2017-11-14 20:23 | おすすめ本棚 | Comments(0)