林哲夫の文画な日々2
by sumus2013
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雪舟!?

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昨日たまたまこのニュースを知ってビックリした。

雪舟の幻の作品 84年ぶりに確認 山口県立美術館

ビックリしたのは「雪舟発見」ということではなく「これが雪舟? まさか」という意味で、である。「四季山水図」に似ているというのだが、小生には「四季山水図」から適当にモチーフを引き出して組み合わせ、別の絵にしたとしか思えない。そう古くない作品だろう。むろん「専門家」じゃないので大きな口はたたけないが、それにしても、あんまりじゃ……。

じつは小生もいわゆる「雪舟」を買ったことがある(下図)。雪舟という落款があるというだけで、当然こんなものが雪舟のはずはない。ただ、絵そのものはそこそこ古いかなと思ってつい買ってしまった。保存状態も悪く、とりたてて上手というわけでもないが、上の再発見の雪舟よりはよほど見所はあるかと。落款は後の時代に書き加えられたものに違いない。猿の絵というのは牧谿(猿猴図)が有名だし、長谷川等伯にも牧谿に倣った「枯木猿猴図」という秀作がある。本作は水面に移った月を取ろうとしている猿というモチーフ「猿猴捉月」であろう。東晋の仏書『僧祇律』に見える逸話だそうで、身のほどを知れという仏陀の説教だったとか。


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# by sumus2013 | 2017-09-20 20:23 | 雲遅空想美術館 | Comments(0)

海門穐色

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好天に恵まれれば画廊へは自転車で通う。その道筋にいつくかの古書店がある。今日はどこの店をのぞいて行こうかなどと迷ったりするのが楽しい。この古い紙は先週のある日、ある古書店で求めたもの。そのときはいつもの場所にあまり食指の動く品物がなかった。手ぶらで出るのもなあ……と思案していたら、グッドタイミングでご主人が「こんなのが入りましたけど」と十枚ほどのマクリを店の奥から出して来てくれた。いつも大した買い物もしないのに、有り難い事である。

ざっと見て五枚ほどもらうことにした。南岳と小竹の屏風はがしのような漢詩が混ざっているのは店主も分っていたようだが、それでもかなり安くしてくれた。藤沢南岳は讃岐藩に仕えたのでもちろん嬉しかったのだが、ここに紹介した小色紙というのか小詩箋というのか、縦が十六センチほど、灰褐色の用紙に書かれた漢詩に強く惹かれた。裏面に作者の略歴が貼付されてある。悲しいかな、浅学ゆえ、すぐに誰だか見当がつかなかった。

  葛湛 橋本氏名張字子琴号菴、/別号竹風楼或小園叟

今、思えばちゃんと子琴と書いてある。また表の最後の行にも港口(大阪湾か)に舟を泛かべて大物を釣る徒葛張と署名してあるではないか。すなわち混沌社の穎才、葛子琴の七言律詩であった。とにかく文字がいい。ただ几帳面なだけではなく、ある種の冴えを感じさせる。

新建懐徳堂
葛子琴刻印(子慶氏印 積善印信印)各一顆

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# by sumus2013 | 2017-09-19 21:24 | 雲遅空想美術館 | Comments(0)

林哲夫油彩画展 comme ça 後半始まりました

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林哲夫油彩画展 comme ça
2017年9月12日〜9月24日

ギャラリー恵風
http://g-keifu.com


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# by sumus2013 | 2017-09-19 08:39 | 画家=林哲夫 | Comments(0)

河口から III

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『河口から』III(季村敏夫、二〇一七年九月一五日)。本号は発売=澪標となってバーコードも付いている(463円+税)。

「澪標」本を、もっと楽しもう。

素描………倉本修
おくりびと………山崎佳代子
光景………季村敏夫
宗教ナル者アリテ………水田恭平
事柄の無垢について………季村敏夫
この夏のこと………季村敏夫

水田恭平宗教ナル者アリテーー岩成達也・瀬尾育生『詩その他をめぐる対話』をめぐって」につぎのようなくだりがあって興味深く読んだ。

瀬尾は、明治期の「プロシャの一神教、プロテスタント国家の一神教を輸入して」作り上げた日本の近代国家の形成を「模型作り」に喩え、そこで演出された疑似的超越性すらが戦後の「天皇人間宣言」によって否定され、「いっさいの超越性が瓦解させられた」とする。この構図に対して、岩は「天皇超越論に全員が納得していたわけではないはず」と短い異議をはさんでいる。

天皇超越論に全員が納得していたわけではないはず……これはほとんど誰も納得していなかった、いや無関心だったと言うべきではないか。だからこそ「天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」などという文言が書かれる必要があったのだろう。

伊藤博文は新生ドイツ帝国とオーストリアに赴き、そこの第一線の憲法学者たちから近代的憲政システムについての講義を受けつつ、それを咀嚼し、日本に何が導入可能か、を思索する。その結果が明治二十一年、枢密院議長として伊藤博文が議員たちにした説明のなかに伺える。それは、「プロシャの一神教、プロテスタント国家の一神教を輸入して」(瀬尾)ということに関わる。
 明治憲法が打ち出す天皇制の構想は、天皇を明治憲法の冒頭に置くことで憲法の制約を受けることを表しつつ、しかし、「天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」と憲法の枠外に置くというアクロバティックなものである。

伊藤はドイツ帝国では宗教が機軸になっているが、日本にはその機軸たるものが現存しないと考え、

ここから、「我国ニ在テ機軸トスヘキハ、独リ皇室アルノミ」として、皇室=天皇を「機軸」へと演出するという憲政システムが構想された。

この伊藤の「宗教的ナル者」の把握の仕方に、近代天皇制が主張する「超越的なもの」の擬似的性格はすでに刻印されていた、と私は思う。

要するに明治憲法の矛盾は伊藤博文も重々承知して、革命を経たフランスではなく、ドイツ帝国による教会統制のための手法に倣った、というわけである。それがいかなる道へ日本を導いたかは周知の通り。

比較する意味で、明治憲法公布から十四年後、明治三十六年の『平民新聞』創刊の言葉を掲げる(『古河力作の生涯』より)。

一 自由平等博愛は人生世に在る所以の三大要義也
一 吾人は人類の自由を完からしめんが為に平民主義を支持す。
  [下略;身分と財産と男女差別の打破]
一 吾人は人類をして平等の福利を受けしめんが為に社会主義を主張す。
  [略;生産配分]
一 吾人は人類をして博愛の道を尽さしめんが為に平和主義を唱導す。
  [略;戦争の禁絶]

日露戦争前夜のこと。この理想が、今日に至っても、成し遂げられる気配は見られない。

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# by sumus2013 | 2017-09-18 21:02 | おすすめ本棚 | Comments(0)

田端人 第三輯

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矢部登『田端人』第三輯(春から秋へ。二〇一七)をいただく。いよいよ純で粋な冊子へと昇華されてきた。今回の登場人物もシブイ。

王子の街道ぞいにある古本屋へたちより、高田浪吉の随筆集『紅炎記』にめぐりあう。昭和十八年にでた染みだらけの裸本。》(あさがほの露)

田端の谷田川のほとりに太田水穂は住む。大正八年七月から昭和十四年三月まで。それいぜんは小石川三軒町に。夫人は歌人の四賀光子。》(掃溜の鶴)

戦後でた潮音叢書の一巻に沼波美代子の歌集『塵にまみれて』がある。著者は沼波瓊音の次女。名付け親は国木田独歩。瓊音は国文学者で俳人。「俳味」を主宰し、家での句会の席に物心ついた子どもたちもすわらせて、俳句のてほどきをする。瓊音が亡くなって四年後の昭和六年。沼波美代子は子どものころから知る太田水穂の潮音に入社。二十二歳であった。》(同前)

内田義郎は吉田一穂を師とする。四册の詩集がある。》(無限の人)

内田義郎詩集から引用された「風」という詩には「風立ちぬ」の引用があってこころ惹かれた。直訳調である。なお内田義郎(よしを)は六十五歳で義寶(ぎほう)と改名し、義朗(よしお)と号したそうだ。

ーー風が立つ。生きることを試みねばならぬ。(ヴァレリイ)(同前)

この翻訳については「聖家族」(http://sumus.exblog.jp/20092039/)を参照されたし。

田端駅の裏口から不動坂の階段をのぼる。
 高台通りの与楽寺坂へおりる角に煙草屋がある。
 そこで煙草を買うと、耕治人「若き日の芥川龍之介」を思い出す。》(朝顔の花)

……とこのつづきがまたいいのだ。古本屋を巡り、こういう麗しい冊子を悠々と作っておられる矢部さんの日常を憶わずにはいられない。それは羨望でもあり、ある種の安堵でもある。

『田端人』第一輯(二〇一六年八月)

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# by sumus2013 | 2017-09-17 21:26 | おすすめ本棚 | Comments(0)

BOOK ART 2017展

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BOOK ART 展 2017
2017年10月10日〜22日

山崎書店
http://www.artbooks.jp


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# by sumus2013 | 2017-09-17 08:24 | 画家=林哲夫 | Comments(0)

小さき夢みし

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小さき夢みし
ー神は細部に宿り給ふー

2017年9月15日〜25日

ポルトリブレ
http://www2.tbb.t-com.ne.jp/portolibre/


新宿のポルトリブレさんでのグループ展に出品しています。油彩画小品1点とコラージュ1点。お近くの方はぜひお立ち寄りください。


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# by sumus2013 | 2017-09-17 08:20 | 画家=林哲夫 | Comments(0)

林哲夫油彩画展 comme ça

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林哲夫油彩画展 comme ça
2017年9月12日〜9月24日

ギャラリー恵風
http://g-keifu.com

浅野真一
http://asanoshinichi.web.fc2.com/index.html


二〇一五年に畠中光享さんと二人展をやらせてもらったギャラリー恵風さんで今回は個展を開催します。最近作を中心に近作も並べるつもりです。小生の会場は二階になりますが、同じ時期に一階でやはり写実の油絵を描いている旧知の浅野真一氏が個展をやるというので、ちょうどいい機会だから二人で何かしゃべりましょう、ということになりました。9月16日午後4時から「じゃあ、絵の話でもしましょう」と題して、珍しく絵の話をします。その後につづけてささやかなパーティを開く予定ですので、ぜひふるってお出かけください。

今回の個展には「コムサ」というタイトルを付けました。これはたいへん便利なフランス語です。買い物をするときに品物を指差して「コムサ」と言えば「これ」とか「それ」という意味になります。誰かに「サヴァ?」(もうかりまっか?)とたずねられたら、「コムサ」(ぼちぼちでんな)と答えます。見たまま、こんなもんだよ、というこころです。近作をそんな気持ちで並べてみたいと思いますが、「コムサ!」(こんだけ!)と言われないように……がんばってます。


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浅野真一個展 私たちのかたち

2017年9月5日〜9月17日


ギャラリー恵風
http://g-keifu.com




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# by sumus2013 | 2017-09-15 21:48 | 画家=林哲夫 | Comments(0)

「高橋麻帆書店」という古書店

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高橋麻帆『「高橋麻帆書店」という古書店』(龜鳴屋、二〇一七年六月一日)読了。タテ135ミリという掌サイズ。函入。そして本文が綴じられていない、というところがミソである。この冒険的な造本のアイデアについては図版解説のなかで触れられている。

ドイツのシュトゥルムの植物図鑑ほど、手元に置きたくなる愛らしいものが他にあるでしょうか。実は、私が今書いているこの本は、龜鳴屋さんがシュトゥルム本をもとにオマージュとして作りました。

本文は、紙が数枚ずつ折られただけの状態、図版部に一枚一枚バラバラです。驚くべきは、本文は単に折られただけなのに、ページをめくるのに苦労なくそのまま読むことが出来るのです。

詳しくは本書を直接読んでいただきたいが、たしかに開きやすく読みやすいと言えよう。ただ、バラバラになると順番通りに戻すのがちょっと難儀なんだけれど……まあ冒険に危険はつきものです。


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高橋麻帆さんがどういう方なのか、むろん本書を読んでいただければすぐに分るのだが、ここでは巻末の略歴をかいつまんで紹介しておく。

高橋麻帆 たかはし・まほ
1978年京都の田舎京北生れ(当時はヒッピーコミューン)。山国小学校、周山中学校、地元の高校を卒業し、京都府立大学へ。夏休みミュンヘンで初めて古書籍商の方(塩見文蔵氏)に出会い、その深い知識に感動。就職なんて考えたこともなく、京都大学文学部の院へ進学。

骨董屋でのアルバイトの日々、骨董商・坂田房之助との出会い、ベルリン留学、レコード蒐集家マーク・フォレストとの出会い、下鴨葵書房でバイト、竹内次男(京都工芸繊維大学美術工芸資料館)に資料整理を教わる。至成堂書店パートタイマー勤務、

本についての論文「壁の白とページの白ーウィーン分離派館と『ヴェル・サクルム』」でオーストリア学会賞受賞。学位取得。金沢人と結婚して金沢へ。夫の転勤について東京へ。神保町田村書店修行。金沢にて古書籍商として開業。

いや、なかなかの経歴です。本書の内容もこの記述に背かないしっかりしたものでいろいろな面でとくに北方に無知な小生としては教えられる事が多かった。デザイン的な部分で言うと、日本の装幀におけるパクリの元ネタが何点か指摘されていて殊に興を覚えた。

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【本書図版】


上の春陽堂文庫とレクラムの類似は古書好きなら周知の事実だろうが、次のアテネ文庫の模様がインゼルから来ているとは、小生は、知らなかった。

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【本書図版】
上段左端は『ゲエテ作自傳劇作ファウスト評論』(北文館、一九五一)
上段中、右はインゼル文庫
下段左はインゼル文庫、右はアテネ文庫


なるほど! 捜し出してみると、たしかに小生が架蔵するアテネ文庫は本書に掲げられているインゼル文庫42(『タルタランのタラスコン』[引用者註;原著は『タラスコンのタルタラン Tartarin de Tarascon』])にほぼそっくり。

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これらに限らず昔は海外の書物に接する読者がきわめて少数だったためか、そのままそっくりいただきの表紙デザインというのをしばしば見かける。白水社にもフランス書から引っ張って来た図案がけっこう多い(戦前ですよ、もちろん)。以前紹介したのはアテネ文庫と同じ弘文堂書房の世界文庫。

フランソワ・ヴィヨン『大遺言書』

他にもこういった例はいくらでもあるだろう。パクリ集を本にしたら面白いかも。そうそう、ついでというか、ウィーン分離派つながりでひとつ付け加えておく。つい最近、水沢勉氏のFBで紹介されていた『青鞜』(一九一一年九月創刊)表紙の元ネタ。ウィーン分離派の画家ヨーゼフ・エンゲルハルトの図案(下の左)。デザインを担当した長沼智恵子はそれをモノクロの単純な線でうまく模倣している。表紙画としては印刷効果も含めなかなかいい仕事だとは思うが、絵柄としてはもうひと捻りしてもよかったか。

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高橋麻帆書店

龜鳴屋

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# by sumus2013 | 2017-09-15 21:41 | おすすめ本棚 | Comments(0)

遅れ時計の詩人

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涸沢純平『編集工房ノア著者追悼記 遅れ時計の詩人』(編集工房ノア、二〇一七年九月二八日、装幀=森本良成)読了。編集工房ノアの社主による随筆集なのだが、副題通りほとんどは氏と親しかった詩人たちの追悼記である。これはもう涸沢さんでなければ書けない貴重なそして見事な惜別文集であろう。

亡き東秀三さんに、「ボクちゃん」と言われた私が、東秀三さん、港野喜代子さんの六十二歳をはるか越え、児島輝正さん六十七歳、桑島玄二さん六十八歳も過ぎ、清水正一さん七十一歳、足立巻一さんの七十二歳を目前にして、不思議な気持でいます。
 実は、本書は、還暦の時、まとめたのですが、出版の決心がつかず、校正刷のままほこりをかぶっていました。この年になり、思い切ることにしました。出版には勇気のいることを知りました。略年史が二〇〇六年までなのはそのためです。》(あとがき)

ここに名前の挙がっていない黒瀬勝巳、そしてノアにとっては別格の神のごとき天野忠について書かれた文章も素晴らしい。これを十年も寝かせて置くとは何とももったいない、というかいかにも涸沢さんらしいペースである。

幾篇かは『海鳴り』誌上ですでに読んだ覚えがある。しかし、改めて単行本という形で、ひとつの流れのなかで読ませてもらうと、そこには自ずと編集工房ノアを取り巻く世界(大阪の梅田にほど近い「中津」という土地にノアの事務所はある)が彷彿とされるのである。そしてまた氏のルーツ、「海鳴り」という言葉への涸沢さんのこだわりについても腑に落ちた。他者について書くということはひっきょう角度を変えた自伝である。

涸沢さんとは、もう隨分前からの付き合いで、どういう具合に知り合ったのかは忘れてしまったが、装幀に拙作の油絵を使いたいと申し出てくれたあたりが最初の親しい交わりではなかったかと思う。それが澤井繁男『旅道』(一九九三年二月一日発行)だから、話があったのはその前年あたりのことになるのだろう。その後も次々と装幀を任せてもらった時期もあったが、初期は粟津謙太郎氏、近年はほとんど森本良成氏が担当されている(久々に依頼があったのが山田稔『天野さんの傘』)。また『ARE』に連載していた喫茶店の抜書きを「面白い」と言って単行本にまとめることを提案してくれたのも氏であった。なかなか難産ではあったが(その理由が本書を読んでいて分った)、それが『喫茶店の時代』となって結実したのは何より有り難いことであった(賞まで頂戴したし)。

本書が公にされて個人的に特別嬉しいのは桑島玄二の回想が収められていることである。これで桑島も忘れられない詩人として残るであろう。その詩碑を訪れる物好きな人たちが現れることを期待している。

純粋に面白いと思って唸ったのは「移転顛末記」である。編集工房ノアは、一九八六年末、創業時に入ったビルから立ち退きを迫られた。地上げの波に呑まれたかっこうである。仕方なく中津の路地に一軒家を見つけて移転した。ところが、そこにはとんでもない状況が待ち受けていた……ぜひ読んでいただきたい。

本書はいずれ続編も期待できると思う。涸沢さんのことだから米寿あたりかもしれないが。

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# by sumus2013 | 2017-09-14 08:44 | おすすめ本棚 | Comments(0)